古森悠太

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 古森悠太 五段
名前 古森悠太
生年月日 (1995-08-20) 1995年8月20日(28歳)
プロ入り年月日 2017年10月1日(22歳)
棋士番号 312
出身地 大阪府高槻市
所属 日本将棋連盟(関西)
師匠 小林健二
段位 五段
棋士DB 古森悠太
2020年3月6日現在
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古森 悠太(こもり ゆうた、1995年8月20日 - )は、日本将棋棋士小林健二門下。棋士番号は312。大阪府高槻市出身。神戸大学経済学部卒業[1][2][3]

棋歴

  • 将棋を始めたきっかけは、小学2年生のときに祖父から教わったと答えている[4]
  • 順位戦は第77期(2018年度)から参加。C級2組1年目は最終局の勝利による4勝6敗で降級点を免れた。
  • 2019年度は第5期叡王戦で四段戦を勝ち上がり、本戦進出。1回戦で斎藤慎太郎に敗れた。第78期順位戦は9勝1敗の好成績でクラス3位になり、順位戦参加2期目でC級1組への昇級と五段昇段を決めた[5]

棋風

  • 振り飛車党で、攻め将棋。囲いより早い仕掛けを優先し、端歩も受けないことがある。形勢が悪くなってから、開き直って勝負するタイプ[6]
  • 得意戦法は角交換振り飛車。浦野真彦は「古森は奨励会では、殆ど振り飛車しか指した事がない」と発言している[7]
  • 長時間の棋戦を得手とする。自らも「長考は得意」と宣言し、「時間単位の大長考も、僅かな時間経過に感じる」という[8]

人物

  • カラオケが趣味。歌好きであり名前と語呂が似ている「子守唄」などと呼ばれる事もある[9][10]
  • 大学では将棋部に所属[11]
  • 出身地である高槻市王将戦7番勝負が始まった2019年から3年連続記録係を務める。2021年の同戦で、駆けつけた市の関係者や宿泊先の従業員から「性格もいい“高槻のプリンス”。ぜひ頑張ってほしい」とエールを送られた。それを聞き少し照れながら「昨年は(昇段で)1つ階段を上がることができたので、さらに上を目指して応援を励みに頑張りたいです」と語った[12]

昇段履歴

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 2008年9月  = 奨励会入会
  • 2016年10月 三段 = 第60回奨励会三段リーグから
  • 2017年10月1日 四段(第61回奨励会三段リーグ2位以内)=プロ入り
  • 2020年3月5日 五段(順位戦C級1組昇級)[5]

主な成績

在籍クラス

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

主な著書

  • 角交換四間飛車の新常識 最強△3三角型 (2019年、マイナビ出版)

脚注

  1. ^ サンスポ・社会ニュース「神戸大出身の古森四段、リベンジならず。」(2018.4.6)
  2. ^ 経済学部4年生の古森悠太さんがプロの将棋棋士になることが決まりました”. 国立大学法人 神戸大学 (Kobe University). 2021年1月25日閲覧。
  3. ^ 【連載スマイル】迷い戦い 棋士の道へ 古森悠太さん(経済・4年) | 神戸大学NewsNet”. 2021年1月25日閲覧。
  4. ^ 高槻から始まる、新しい物語(1)|マイ広報紙”. マイ広報紙. 2020年11月17日閲覧。
  5. ^ a b 古森悠太四段が五段に昇段|将棋ニュース|日本将棋連盟”. 日本将棋連盟 (2020年3月6日). 2020年3月6日閲覧。
  6. ^ 「藤井聡太戦・インタビュー」(Just another WordPress 2018.2.14)
  7. ^ 新四段誕生のお知らせ|将棋ニュース|日本将棋連盟” (2017年9月9日). 2017年10月3日閲覧。
  8. ^ 第31期竜王戦 6組 ランキング戦 1回戦・プロ入り初戦での対局後インタビュー(2017年12月22日)
  9. ^ 「プロ棋士カラー名鑑 2018」(扶桑社)
  10. ^ 日本将棋連盟・携帯中継コメント(2018年2月22日)
  11. ^ 「将棋世界」2017年11月号「新四段誕生 斎藤明日斗四段&古森悠太四段」
  12. ^ 渡辺王将の「美」、永瀬王座の「実」 解説・糸谷八段が漢字一文字で表現 王将戦第2局第1日”. www.sponichi.co.jp. 2021年1月25日閲覧。

関連項目

外部リンク