フエ市

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フエ

Thành phố Huế

城舗化
Thuận Hóa 順化
北緯16度28分 東経107度36分 / 北緯16.467度 東経107.600度 / 16.467; 107.600
 ベトナム
トゥアティエン=フエ省
面積
 • 合計 83.3 km2
人口
(2005)
 • 合計 333,004人
 • 密度 3,997.6人/km2
ウェブサイト http://www.huecity.gov.vn

フエ (ベトナム語: Huế) はベトナム中部の都市、トゥアティエン・フエ省省都フランス語風にユエと呼ばれることもある。フエは漢字音 hóa の変化したものといわれる。漢名順化(トゥアンホア)は中国語として現在も用いられている。ユネスコ世界遺産(文化遺産)に「フエの建造物群」が登録されている。

地理

香江(Hương Giang、フオンザン)が市の中央を流れ、およそ15キロメートル下流で南シナ海に注ぐ。年間平均気温帯25度。

歴史

1558年以降、広南阮氏の本拠地となり、タイソン朝による中断の後、1802年に成立した阮朝の都が置かれた。フエが位置する北中部2省―クアンチ省、トゥアティェン・フエ省は1306年まではチャンパ王国の烏里(ウリク)州であり、大越陳朝の領有後に北の順州(現クアンチ省)と南の化州(現トゥアティエン・フエ省)に分割され、現在に至る。広南阮氏時代の名称は順化都城、阮朝時代の正式名称は富春京師。

  • 10世紀 - チャンパ王国チャム族)の中心都市の一つ。
  • 16世紀~18世紀 広南阮氏政権の都。
  • 18世紀後半の西山党時代(西山党の乱)、西山阮氏三兄弟の一人、光中帝(阮文恵)に占領され、その拠点となった。
  • 1802年 - 嘉隆帝(阮福暎)により阮朝の首都になる。
  • 1883年 - フランスに占領され、第一次フエ条約(アルマン条約)を結び、安南(アンナン)保護国となる。
  • 1884年 - フランスと第二次フエ条約(パトノートル条約)を締結し、保護国化を確認する。
  • 1968年 テト攻勢により南ベトナム解放民族戦線にほぼ市中全域が占領され、奪還されるまで解放勢力による南ベトナム政府関係者・無関係の民間人(学生やキリスト教の神父、外国人医師などの一般市民)の大虐殺が行われ、今も市民の記憶に暗い影を落としている。

フエの宮殿

教育

フエ大学(フエ師範大学、フエ科学大学、フエ医科大学、フエ芸術大学、フエ農林大学、フエ高等師範学校、フエ遠隔地教育センター)、ベトナム仏教学院フエ校(フエ仏教大学)、ベトナム文化通信院フエ分院(フエ文化人類学研究所)などがある。

交通

姉妹都市

日本の友好自治体

世界遺産

座標: 北緯16度28分 東経107度36分 / 北緯16.467度 東経107.600度 / 16.467; 107.600

世界遺産 フエの建造物群
ベトナム
王宮
王宮
英名 Complex of Hué Monuments
仏名 Ensemble de monuments de Huê
登録区分 文化遺産
登録基準 (3)(4)
登録年 1993年
公式サイト 世界遺産センター(英語)
地図
フエ市の位置
使用方法表示

市内は香江を挟んで旧市街と新市街に分かれ、中心は新市街にある。旧市街は碁盤の目状の方形都市であり、その南側に世界遺産の王宮南門、宮殿と帝廟がある。一部には園宅(ニャーヴオン)と呼ばれる旧貴族・皇族の住宅が残っており、首里城京都御所のような佇まいがある。

嘉隆帝(ザロン帝)が1805年から造営させたフエ城の城郭は、フランス帰りの建築家黎文学(レー・ヴァン・ホク)が設計したもので、五稜郭と同じフランス式の星型城郭で、ヴォーバン様式と呼ばれる。城郭内部の建築は構造的には中国建築とは無関係なベトナム特有のもので、全国から招聘された職人の流派の影響で北部・中部や會安(ホイアン)華人の様式が融合している。後期の建築物にはこれにフランスの影響が加わる。阮朝第4代嗣徳帝(トゥドゥク帝)は広南阮氏の正史『大南寔録正編』を編纂させたことで知られるが、建築も大々的に行い、現存する市内の王宮及び郊外の帝陵は彼によって整備された。

第二次世界大戦終戦までは宮殿の多くの建物が残っていたが、ベトナム戦争の激戦地となったため多くの建物が破壊された。現在、復元に向けて調査などが行われている。

登録基準

この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
  • (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。

関連項目

外部リンク