トチノキ

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トチノキ
花序 福島県会津地方 2013年6月
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 eudicots
階級なし : バラ類 rosids
: ムクロジ目 Sapindales
: ムクロジ科 Sapindaceae
: トチノキ属 Aesculus
: トチノキ A. turbinata
学名
Aesculus turbinata Blume[1]
和名
トチノキ(栃の木)

トチノキ(栃[2]、橡、栃の木、学名: Aesculus turbinata)とは、ムクロジ科[注 1]トチノキ属落葉広葉樹である。落葉広葉樹林の構成種の一つで、都市部では街路樹にされる。日本の山村地域の暮らしを支えた重要な樹種で、実は食用となり栃煎餅や栃餅に、また材からは臼やこね鉢などが作られる。

近縁種にヨーロッパ産のセイヨウトチノキ (A. hippocastanum、フランス語名:マロニエ) や、アメリカトチノキ英語版(A. glabra、英名:バックアイ) がある。

分布・生育地

日本の北海道本州四国九州に分布する[2]温帯落葉広葉樹林の重要な構成種の一つで、日本では東日本を中心に分布し、特に東北地方に顕著に見られる。水気を好み、適度に湿気のある肥沃な土壌で育つ。谷間では、より低い標高から出現することもある。サワグルミなどとともに姿を見せることが多い。

特徴

落葉広葉樹高木[2]、大木に成長し、樹高25メートル (m) 、直径1 mを超えるものが少なくない。も非常に大きく、全体の長さは50 cmにもなる。長い葉柄の先に倒卵形の小葉5 - 7枚を掌状につける掌状複葉で、小葉は枝先に集まってつく[2]

花期は5月から6月で、葉の間から穂状の花序が現れる[2]。花序は高く立ち上がり、個々の花弁はさほど大きくないが、雄しべが長く伸び、全体としてはにぎやかで目立つ姿である。花弁は乳白色で、蜜と花粉がある3日間は黄色の斑点が出るが、4日目以降は赤色に変化する[2]。赤い点がある花は、蜜だけを盗む虫に対する目くらましのための装飾花の役目で、花色の変化は、赤い点と黄色い点の違いが識別可能な受粉を促す昆虫へのメッセージと考えられている[2]

初秋に至り、実がみのる。ツバキの実に似た果実は、熟すにつれて厚い果皮が割れ、少数の種子を落とす。種子は大きさ、艶、形ともにクリに似ているが、色は濃く、球状をしている。一般的に「栃の実」と呼ばれて食用にされるのは、この種子である。(後述)

人との関わり

トチノキの無垢一枚板

材は緻密で加工がしやすく割れにくい特性があり、乳白色で、製材すると表面が滑らかで不規則な繊維の配列が絹のような光沢を作り、綺麗な杢目がでることが多く、いわゆる「栃杢」(とちもく)をつくる[2]。真っ直ぐ伸びる木ではないので変化に富んだ木材となりやすい。比較的乾燥しにくい木材ではあるが、乾燥が進むと割れやすいのが欠点である。

盆や鉢類を作るのに利用され、トチノキ材の蕎麦打ちのこね鉢は、最高級品と謳われている[2]。巨木になり、大材が得られるのでかつてはや木鉢の材料にされたが、昭和中期以降は一枚板のテーブルに使用されることが多い。乱伐が原因で産出量が減り、21世紀頃にはウォールナットなどと同じ銘木級の高価な木材となっている。

「栃の実」とよばれる果実の中にある種子は、デンプンタンパク質を多く含み、渋抜きして食用になる。食用の歴史は古く、縄文時代の遺跡からも出土している。例えば埼玉県川口市の赤山遺跡では栃の実の加工工場ともいうべき施設があったことがわかっており、大型の土器、臼代わりに利用された石、木製の水槽などが出土している[3]。渋抜きはコナラミズナラなどの果実(ドングリ)よりも手間がかかり、長期間流水に浸す、大量の灰汁で煮るなど高度な技術が必要だが、収穫量が多いため、かつては耕地に恵まれない山村ではヒエやドングリと共に主食の一角を成し、常食しない地域でも飢饉の際の食料(救荒作物)として重宝され、天井裏に備蓄しておく民家もあった[2]。積雪量が多く、稲作が難しい中部地方の山岳地帯では、盛んにトチの実の採取、保存が行われていた。そのために森林の伐採の時にもトチノキは保護され、私有の山林であってもトチノキの勝手な伐採を禁じていたもある。山村の食糧事情が好転した現在では、食料としての役目を終えたトチノキは伐採され木材とされる一方で、渋抜きしたトチの実をもち米と共に搗いた栃餅、栃煎餅が現在でも郷土食として受け継がれ、土産物にもなっている[2]

トチノキ種子のエスチン(escin)類、イソエスチン(isoescin)類には小腸でのグルコースの吸収抑制等による血糖値上昇抑制活性が認められた[4]

花はミツバチが好んで吸蜜に訪れ、養蜂の蜜源植物としても重要であったが、拡大造林政策などによって低山帯が一面針葉樹の人工林と化していき、トチノキなどが多い森林は減少し日本の養蜂に大きな打撃を与えた。

植栽として、街路樹に用いられている。パリの街路樹のマロニエは、セイヨウトチノキといわれ実のさやに刺がある。また、マロニエと米国産のアカバナトチノキ (Aesculus pavia) を交配したベニバナトチノキ (Aesculus x carnea) も街路樹として使用される。日本では大正時代から街路樹として採用されるようになった。しかし湿気のある土地を好むため、東京等の大都市とは相性が悪いといわれるが、東京の練馬区内の目白通りに、環七通りの交差点豊玉陸橋交差点付近から、練馬区役所前付近に掛けて、街路樹に数多くの本数が植えられている他、武蔵野市の吉祥寺通りにも数多く植えられている[5]

文化・文学

トチノキの花言葉は、「天才」[2]「博愛」[2]とされる。

小学校の国語の教科書にも採用されている斎藤隆介著の児童文学『モチモチの木』に登場する木は、このトチノキである。

粉にひいたトチの実を麺棒で伸ばしてつくる栃麺は、固まりやすく迅速に作業しなければならず、これを栃麺棒を振るうという。これと、慌てることを意味する「とちめく」を擬人化した「とちめく坊」から「狼狽坊」(栃麺棒、とちめんぼう)と呼ぶようになり[6]、「狼狽坊を食らう」が略されて「面食らう」という動詞が出来たとされている[7]

栃木県の県木として

トチノキは栃木県の県木で、1966年6月28日に制定された[8]。関連用語としてトチノキの葉を表す「栃の葉」(とちのは)や「マロニエ」共々栃木県に関連する物象に冠されることがある。

脚注

注釈

  1. ^ APG体系ではムクロジ科であるが、古いクロンキスト体系新エングラー体系ではトチノキ科に区分された[1]

出典

  1. ^ a b 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Aesculus turbinata Blume”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年1月31日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m 田中潔 2011, p. 96.
  3. ^ 小山田了三、小山田隆信『材料技術史概論 第3版』東京電機大学、2001年、31頁。 
  4. ^ 吉川雅之、薬用食物の糖尿病予防成分 『化学と生物』 2002年 40巻 3号 p.172-178, doi:10.1271/kagakutoseibutsu1962.40.172
  5. ^ 東京街路樹マップ(東京都建設局)
  6. ^ 大槻文彦『大言海 第3巻』冨山房、1932年10月https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1265336/2822017年6月11日閲覧 
  7. ^ 大槻文彦『大言海 第4巻』冨山房、1932年10月https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1265406/5942017年6月11日閲覧 
  8. ^ 昭和41年 栃木県告示第501号

参考文献

  • 田中潔『知っておきたい100の木:日本の暮らしを支える樹木たち』主婦の友社〈主婦の友ベストBOOKS〉、2011年7月31日、96頁。ISBN 978-4-07-278497-6 

関連項目

外部リンク

日本林學會誌