26号工場

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26号工場
26号工場の位置(北朝鮮内)
26号工場
26号工場の位置
操業開始 冷戦末期
場所 朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮 江界市
座標 北緯40度57分39.34秒 東経126度36分21.76秒 / 北緯40.9609278度 東経126.6060444度 / 40.9609278; 126.6060444座標: 北緯40度57分39.34秒 東経126度36分21.76秒 / 北緯40.9609278度 東経126.6060444度 / 40.9609278; 126.6060444
業種 ミサイル外装[1]
従業員数 2万5000名[1]
住所 朝鮮民主主義人民共和国 慈江道 江界市[1]

26号工場(26ごうこうじょう)は、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)北部、慈江道の道都江界市に所在するミサイル弾薬工場[1]。軍需工場であることを隠すために、江界トラクター工場(カンゲトラクターこうじょう)と偽装されることが多い[2][3]

概要[編集]

北朝鮮随一の軍需工業都市である江界市に所在し、冷戦末期には最も重要なミサイル製造工場として知られた工場である[1][注釈 1]。工場正門の位置は、アメリカ合衆国ジェームズ・マーティン不拡散研究センター・東アジア不拡散プログラムのディレクターで核問題研究者・地政学者ジェフリー・ルイス英語版によって特定された[1][注釈 2]。従業員数は2万5,000人といわれている[1]。山麓に立地し、製造部門は山中の巨大な地下施設に設置されている[1][注釈 3]。ミサイルについては、主として外装の製造を担当している[1]

26号工場は、朝鮮半島最大の地下軍事施設であり、同工場は、リビアシリアイランイラクエジプトへの輸出弾薬を製造している。年間126,000発の迫撃砲弾と176万発のライフル弾の生産が可能である。1991年11月30日、工場で大爆発が起こった際、最大で1000人もの人が死亡したとされている[4][5][注釈 4]。ただし、大韓民国の情報筋は、事故の生存者の証言にもとづき、爆発による死者の数のその6倍以上とみなしている[3]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 北朝鮮に駐在している外国の大使や賓客でも、江界への立ち寄りは許可されない[1]。また、北朝鮮における地下の軍事施設を訪問し、その様子を記した外国人となると、1973年4月に訪朝したエジプト軍参謀総長サアドッデン・シャーズィリーがわずかに知られる程度である[1]
  2. ^ ルイスによる特定が正確であったことは、脱北者の証言からも裏付けられている[1]
  3. ^ 北朝鮮が、地下に軍事施設を設けるなど「全国土の要塞化」を推し進めたのは、アメリカからの空爆の被害を抑えるためであった[1]
  4. ^ 爆発のすさまじい轟音に、江界の人びとは、敵国からミサイル攻撃を受けたのではないかと思ったという[5]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m 北朝鮮のミサイル部品工場の地下施設(351号工場)”. 東京大学先端科学技術研究センター. 2022年1月16日閲覧。
  2. ^ 中川雅彦「軍経済と党経済 (分析リポート 朝鮮民主主義人民共和国の軍需工業 三)」『アジ研ワールド・トレンド』第204巻、日本貿易振興機構アジア経済研究所、2012年、46-51頁、doi:10.20561/00045813ISSN 1341-34062022年9月16日閲覧 
  3. ^ a b Remembering the Kanggye Tractor Factory incident of 1991”. DailyNK.com / Unification Media Group (2020年2月13日). 2022年1月16日閲覧。
  4. ^ The Kanggye explosion: a man-made disaster in North Korea - North Korea News”. NK News (2018年1月12日). 2022年1月16日閲覧。
  5. ^ a b 1000人死亡「ミサイル大爆発」事故も…金正恩氏の視察地”. 高英起 (2019年6月5日). 2022年1月16日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]