麻生 (企業)
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場
|
| 本社所在地 | 〒820-0018 福岡県飯塚市芳雄町7番18号 |
| 設立 | 1966年11月 |
| 業種 | サービス業 |
| 事業内容 | 医療事業、環境事業、不動産業 |
| 代表者 | 代表取締役会長 麻生 泰 代表取締役社長 麻生 巌 代表取締役専務 古野 金廣 |
| 資本金 | 30億8,000万円 |
| 売上高 | 単独:318億円 連結:1,411億円(2011年3月期) |
| 従業員数 | 1,997名(2011年3月末) |
| 決算期 | 3月 |
| 主要株主 | 学校法人麻生塾 15.22% 麻生泰 5.52% 麻生太郎 5.13% 三井住友銀行 4.32% 福岡銀行 4.32% 西日本シティ銀行 4.32% 日本トラスティ・サービス信託銀行 4.32% 株式会社小澤 3.49% 麻生興産株式会社 3.22% 日本生命保険相互会社 2.18% |
| 主要子会社 | グループ企業の項目を参照 |
| 関係する人物 | 麻生太吉、麻生太賀吉、麻生太郎 |
| 外部リンク | www.aso-group.co.jp |
株式会社麻生(あそう)は福岡県飯塚市に本社を置く企業。麻生ラファージュセメントなどが属する麻生グループ全体の統括を行なう存在として位置づけられている。
目次 |
[編集] 概要
麻生太吉が明治時代に飯塚市で始めた石炭採掘業を源流とし、現在ではセメント事業、専門学校運営、病院経営、医療廃棄物処理など幅広い分野の事業を手掛けている。
- 飯塚病院は、もともと炭砿労働者のために開設されたものであったが、現在は筑豊地区の中核医療機関の一つに位置づけられている。
- 麻生塾は、麻生太賀吉が1939年(昭和14年)に私財を投じて飯塚市柏森に創設した私塾。
- 麻生メディカルサービス(アップルハート)や各公益法人は、飯塚病院の事業から派生したもので、コムスンが破綻した際、その福岡県における事業を引き継ぎ株式会社麻生介護サービスとして事業を新たに展開している。
2011年現在会長を務める麻生泰は、政治家・第92代内閣総理大臣、麻生太郎の弟。太郎自身も、政界転身まで前身となる麻生セメント株式会社の社長を務めていた。
[編集] 沿革
- 1872年 麻生太吉が石炭採掘事業に着手
- 1918年 太吉、個人商店だった「麻生商店」を法人化
- 1954年 産業セメント鉄道と麻生鉱業合併、「麻生産業株式会社」に改称
- 1966年 炭砿関係の労働者を解雇、セメント部門を「麻生セメント株式会社」として分社
- 1969年 「麻生産業株式会社」会社清算、以後は「麻生セメント株式会社」をグループ中核企業とする
- 2001年 7月に「麻生セメント株式会社」を現社名「株式会社麻生」に改称。8月にセメント部門を再分離し、世界最大手のセメントメーカーであるフランスのラファージュ社と合弁会社、現在の麻生ラファージュセメント株式会社)を設立。
- 2009年 4月1日に子会社の「麻生開発」を吸収合併。
- 2010年 6月29日、麻生泰社長が会長に、長男の麻生巌副社長が社長になる。
[編集] グループ企業
[編集] 医療・健康事業
- 麻生情報システム
- 麻生メディカルサービス
- 飯塚病院(直営)
- 医療法人博愛会(京都病院、博愛苑、頴田病院)
- 医療法人日章会(南かごしま日高病院)
[編集] 教育・人材事業
- 学校法人麻生塾
- 麻生情報ビジネス専門学校、麻生外語観光&製菓専門学校、麻生医療福祉専門学校、麻生公務員専門学校、麻生ビューティーカレッジ、麻生建築&デザイン専門学校、麻生工科自動車専門学校など福岡県内12校を運営。
- 麻生教育サービス
- システムプラネット
- アソウ・ヒューマニーセンター
- アソウ・アルファ
- アソウ・アカウンティングサービス
- ユニバースクリエイト
- ヒューマンエナジー研究所
- メッドライン
- アソウ・システムソリューション
- 福利厚生倶楽部九州
[編集] 生活サービス事業
- 麻生芳雄商事
- 麻生開発(2009年4月1日に吸収合併)
- 麻生地所
- 麻生興産
- 麻生石油販売
[編集] 建設事業
- 麻生商事
- アラム
- 麻生フオームクリート(JASDAQ上場)
- アソウレジコン
- セレクト工業
- 麻生ラファージュセメント
- 福岡コンクリート工業
- 西南コンクリート工業
- 泉北コンクリート工業
- ソーワセメント販売
- 麻生鉱山
- 三加和鉱山
[編集] 他
- 不二音響株式会社 - 業務用音響設備の施工保守。2007年、株式の全てをヤマハに譲渡。
[編集] 九州新幹線高架橋への欠陥材使用問題
2008年10月、九州新幹線の鹿児島中央駅‐新八代駅間の高架橋の部材として麻生が納入したパネル材の一部に欠陥があることが明らかとなった。問題が発覚した部材はコンクリートを流し込む型枠の底面部分に使った「ASフォーム1型」であり、複数の建設会社が使用したとしている。九州旅客鉄道は「パネル材の欠陥は聞かされていない。速やかに事実を確認し、適切な対応を取る」とし、麻生側は「自前で補修した個所もあるが、販売する際に施工業者に説明していたかどうか調べる」とそれぞれコメントしている[1]。
[編集] 旧「麻生鉱業」に関する問題
詳細は「麻生鉱業」を参照
[編集] 連合軍捕虜使役問題
2008年12月、厚生労働省がオーストラリア人197人・英国人101人・オランダ人2人の連合国軍捕虜300人が旧「麻生鉱業」の炭鉱で働き、うちオーストラリア人2人が死亡した事を示す文書を公開した。期間は1945年5月10日から8月15日(ポツダム宣言受諾)までの3ヶ月間。施設名は、旧「麻生鉱業」吉隈炭坑施設内の捕虜収容所「第26分所」である。2009年1月6日、衆議院本会議で民主党議員から質疑を受け、その答弁で麻生首相(当時)は、太平洋戦争中に親族が経営していた同社で連合国軍捕虜が働いていた事を認めた。
[編集] 戦前の納屋制度
同制度による労働環境が劣悪だとして問題になり、朝鮮人や被差別部落民らが労働争議を起こした。
[編集] 脚注
- ^ 九州新幹線に欠陥材 高架橋パネル はく離 「麻生」販売し補修 JR「聞かされず」 西日本新聞、2008年10月24日