渡波

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渡波
サン・ファン・バウティスタ号(復元)
渡波の位置(宮城県内)
渡波
渡波
北緯38度24分17.667秒 東経141度22分39.744秒 / 北緯38.40490750度 東経141.37770667度 / 38.40490750; 141.37770667
日本の旗 日本
都道府県 宮城県旗 宮城県
市町村 石巻市の旗 石巻市
地域 石巻地域
地区 渡波地区
人口
2020年(令和2年)3月現在)[1]
 • 合計 5,822人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
986-2235[2]
市外局番 0225[3]
ナンバープレート 宮城

渡波(わたのは)は、宮城県石巻市にある大字および地区名(後述[4]。旧牡鹿郡根岸村端郷渡波の一部、旧牡鹿郡渡波町大字根岸の一部、旧牡鹿郡渡波町祝田浜の一部、旧牡鹿郡渡波町佐須浜の一部に相当する[4]。郵便番号は986-2235[2]

概要[編集]

石巻市の東部に位置しており、住所表示変更により、2つの飛び地が発生している。これは昭和42年から昭和50年までの度重なる住居表示変更により、渡波町、幸町、塩富町、伊勢町、浜松町、松原町、万石町、三和町、大宮町、後生町、長浜町、新成、さくら町が分離独立したことによる[4]。域内は国道398号JR石巻線が走っており、渡波駅を中心に栄えている。北部は森林や田畑があり、南部は石巻湾に、東部は万石浦に面している。

地価[編集]

2020年令和2年)時点での渡波字根岸前58番22での公示地価は27,700円/m2になっている [5]

歴史[編集]

「渡波」の名の史料上の初見は1698年(元禄11年)5月15日成立の牡鹿郡萬御改書上であるとされる[6]。ただ、1773年(安永2年)3月成立の根岸村端郷渡波町風土記御用書出には、

本町ハ寛永十八年、裏町ハ延宝八年宿場ニ被相立候事

とあるため、元禄の牡鹿郡萬御改書上成立以前の未発見文書資料の存在も考えられる[6]

安永風土記によると、渡波一帯は江戸時代には根岸村の端郷だったことから、民家はさほどなかったことがうかがえる[6]

また、古くは金華山へ参詣するには牡鹿半島を縦断する金華山道で鮎川浜までの10余里を歩く必要があったが、歩き通すのが困難なため、万石浦から船に乗り島へ向かう人も多く、泊地及び宿場町として栄えた。

1960年まで東名塩田(現:東松島市に所在地)とともに県下の二大塩田と呼ばれた渡波塩田があった。渡波塩田は、入浜式塩田に部類され、1626年(寛永3年)に造営された塩田であり、1807年文化4年)時点で仙台藩領内の産塩高の45%を占めている[7]。その起源は、流留村の菊地与惣右衛門が上方旅行の際に、江戸湾行徳塩田へと立ち寄り、技術者二名を連れ帰ったことから始まるとされる[7]

1967年(昭和42年)、渡波から渡波町1丁目から渡波町3丁目が分離独立、以前は渡波字下伊勢谷、駅前、念仏壇、本町、裏町、中町、肴町の一部であった[4]

2017年1月20日、渡波からさくら町が分離成立する[8]

名称の由来[編集]

諸説あるが、安永風土記は渡波の名称の由来について

当郡渡波町は奥海入江口波折渡之跡自然と汐干潟陸地ニ罷成、天文年中之此ゟ段々御百姓住居仕候ニ付、波打渡之跡村ニ罷成候間、渡波町と申唱来候由申伝候方

とあり、開発当初は「波打渡の渚村」と呼んだが名前が長すぎたので渡波と改称されたと記されている[6]

その他、入江を意味するアイヌ語の「ワッタリ」が転訛したことに由来するという説もある[6]

施設[編集]

交通[編集]

道路・橋梁[編集]

バス[編集]

鉄道[編集]

域内に鉄道はないが、最寄駅は渡波駅JR石巻線)である。

小字[編集]

渡波は以下の小字を擁する[11][12]

  • 青木浜
  • 旭ヶ浦
  • 犬谷
  • 祝田
  • 祝田の壱
  • 祝田藤ヶ崎
  • 牛若山
  • 卯津木花
  • 大岩
  • 大畑
  • 大浜
  • 大林下
  • 大森
  • 沖六勺
  • 沖曽根
  • 沖ノ松井
  • 蟹ヶ沢
  • 上伊勢谷地
  • 上榎壇
  • 際前
  • 栗林
  • クルミ浜
  • 黄金浜
  • 小法師
  • 境釜
  • 栄田
  • 佐須
  • 佐須藤ヶ崎
  • 山居
  • 鹿松
  • 鹿松山
  • 渋井
  • 下榎壇
  • 新釜
  • 新千刈
  • 新沼
  • 神明
  • 地竹
  • 須崎浜
  • 千刈田
  • 袖ノ浜
  • 転石山
  • 鳥ノ巣
  • 土屋敷
  • 中三勺
  • 梨木畑
  • 西ヶ崎
  • 仁田山
  • 根岸前
  • 念仏壇
  • 長浜
  • 橋下
  • 八幡山
  • 花立山
  • 浜曽根
  • 浜曽根の壱
  • 浜曽根山
  • 早坂山
  • 狸荒(まみあら)[13]
  • 満和多(まわた)[14]
  • 道屋敷
  • 貂坂山(むじなざかやま)[15]
  • 本網
  • 四勺
  • 屋敷浜
  • 山崎

学区[編集]

以下の小字の児童は石巻市立万石浦小学校・石巻市立万石浦中学校に進学、それ以外の小字は石巻市立渡波小学校石巻市立渡波中学校に進学する[16][17]

  • 旭ヶ浦(123番地から147番地まで)
  • 念仏壇(1番地から45番地まで。ただし、43番地1を除く。)
  • 祝田
  • 祝田の壱
  • 神明
  • 大森
  • 梨木畑
  • 大浜
  • クルミ浜
  • 大畑
  • 花立山
  • 佐須
  • 山居
  • 佐須藤ヶ崎
  • 袖の浜
  • 鳥ノ巣
  • 中三勺
  • 四勺
  • 沖六勺
  • 境釜
  • 新釜

人口[編集]

2020年令和2年)12月末時点での人口は以下の通りである[18]

大字
渡波 2881人 2941人 5822人

東日本大震災[編集]

渡波での東日本大震災震度は概ね5弱で[19]、域内の犠牲者は230人で石巻市内で最も多かった[20]。また、域内の世代・男女別の犠牲者・死亡率は以下の通りである。

世代と性別 犠牲者 死亡率
男性 96人 2.68%
女性 134人 3.55%
15歳未満 16人 1.42%
15 - 64歳 82人 1.78%
65歳以上 132人 8.24%
合計 230人 3.13%

渡波地域[編集]

渡波地域(わたのはちいき)もしくは渡波地区(わたのはちく)は石巻市渡波支所の管区内にある地域の名前である。石巻市本庁地区のうち、旧渡波町域に概ね相当する。東は万石浦、西は本庁石巻地域、北は本庁稲井地域、南は太平洋に接する。

概要[編集]

2022年令和4年)11月末現在の石巻市の地区別人口では、石巻地区(52,358人、25,975世帯)、蛇田地区(23,833人、10,778世帯)、河南地区(18,553人、7,342世帯)に次いで人口および世帯数が多く、それぞれ、13,961人と6,389世帯を擁しており、人口は本庁地区(人口96,746人)の約14.43%、石巻市(人口137,027人)の10.19%を占め、世帯数は本庁地区(世帯数45,868世帯)の約13.93%、石巻市(世帯数62,278世帯)の10.26%を占める[21]

範囲[編集]

伊勢町、浜松町、松原町、大宮町、長浜町、幸町、渡波町、三和町、後生町、宇田川町、万石町、塩富町、渡波、流留、小竹浜、垂水町、新成、さくら町、沢田の一部を範囲とする[4]

脚注[編集]

  1. ^ 人口・世帯数(最新版)”. 石巻市. 2021年2月2日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号簿PDF(2020年度版) 宮城県”. 日本郵便. 2022年1月21日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2022年1月21日閲覧。
  4. ^ a b c d e 角川日本地名大辞典 1979, p. 561.
  5. ^ 駅の地価が分かる。国土交通省 | 土地・不動産・建設業 - 標準地の単位面積当たりの価格等 - 2021年2月1日閲覧。
  6. ^ a b c d e 石巻市史編さん委員会 1983, p. 807.
  7. ^ a b 大石直正, 難波信雄 2003, p. 94.
  8. ^ 第8章 復旧復興 (272ページから281ページ)”. 石巻市. 2021年3月18日閲覧。
  9. ^ 石巻市トンネル長寿命化修繕計画”. 石巻市 建設部. 2022年1月21日閲覧。
  10. ^ 宮城交通 | 石巻市路線図 - 2021年1月28日閲覧。
  11. ^ 宮城県石巻市渡波”. NAVITIME. 2022年1月21日閲覧。
  12. ^ ごみカレンダー石巻地区A(渡波方面)”. 石巻市. 2021年2月1日閲覧。
  13. ^ 宮城県石巻市渡波狸荒”. NAVITIME. 2022年1月21日閲覧。
  14. ^ 宮城県石巻市渡波満和多”. NAVITIME. 2022年1月21日閲覧。
  15. ^ 宮城県石巻市渡波貉坂山”. NAVITIME. 2022年1月21日閲覧。
  16. ^ 小学校学区一覧”. 石巻市. 2021年2月1日閲覧。
  17. ^ 中学校学区一覧”. 石巻市. 2021年2月1日閲覧。
  18. ^ 3章人口統計”. 石巻市. 2021年2月1日閲覧。
  19. ^ 第三次地震被害想定調査/震度分布図/単独型”. 宮城県. 2021年1月30日閲覧。
  20. ^ 谷謙二小地域別にみた東日本大震災被災地における死亡者および死亡率の分布<論文>」『埼玉大学教育学部地理学研究報告』第32号、埼玉大学教育学部地理学研究室、2012年12月、1-26頁、doi:10.24561/00016186ISSN 0913-2724NAID 1200063880162021年3月1日閲覧 
  21. ^ 第3章 人口”. 石巻市. 2022年12月5日閲覧。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 4 宮城県、角川書店、1979年12月1日。ISBN 4040010302 
  • 地名は知っていた <上> 気仙沼~塩竈津波被 (河北選書) 著:太宰幸子、出版:河北新報出版センター、2012年12月第一刷。
  • コンサイス日本地名事典 <第3刷> 編:三省堂編修所、出版:株式会社三省堂、1989年12月15日第3刷発行。
  • 大石直正, 難波信雄 編『街道の日本史』 7 平泉と奥州道中(1版)、吉川弘文館、2003年8月20日。ISBN 4642062076 
  • 石巻市史編さん委員会 編『石巻の歴史』 3 民俗・生活編、石巻市、1988年3月31日。