海渡雄一

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かいど ゆういち
海渡 雄一
生誕 1955年7月21日(56歳)
日本の旗 日本 兵庫県
出身校 東京大学
職業 弁護士
配偶者 福島瑞穂 (参議院議員、弁護士)
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海渡 雄一(かいど ゆういち、1955年昭和30年〉7月21日- )は、日本弁護士第二東京弁護士会所属。日本弁護士連合会事務総長、監獄人権センター事務局長。非政府組織 『グリーンピース』元理事長。

内縁の妻は弁護士で参議院議員福島瑞穂夫婦別姓を実行するため[要出典]、婚姻届を提出しない事実婚である。。

目次

[編集] 人物

兵庫県伊丹市生まれ。灘中学校・高等学校では地学部天文班に所属し、科学者を志望していたが、高校2年の時、灘OBの東大理学部生と話すうちに「これはかなわない」と思い、文系に転向[1]

弁護士としては、早くから通信傍受法を問題視し、最近では共謀罪を批判している。また、監獄内の人権に関する活動をライフワークとしている。事務所は、東京共同法律事務所(東京都新宿区新宿1丁目)。

2011年平成23年)8月20日ニューヨーク・タイムズに「日本で最も有名な反原発カップル」と評された[2]

[編集] 略歴

[編集] 監獄内の人権に関する活動

監獄内の人権状況の改善のため、1995年(平成7年)に監獄人権センター(NPO法人)を設立し事務局長に就任。被拘禁者の人権侵害事件における損害賠償請求事件などを多数手がけた。1998年(平成10年)には、国連人権高等弁務官事務所主催の専門家会議「刑務官に対する人権教育」に招待された。監獄人権センターは、2003年(平成15年)、東京弁護士会人権賞を受賞している。

[編集] 新左翼党派との関係

週刊新潮』(2002年10月10日号)で福島瑞穂と共に、過激派である中核派と関係が深いと報じられた。その一つの根拠が1971年(昭和46年)の渋谷暴動事件で、当時21歳の機動隊員、中村恒雄巡査を殺したとして無期懲役が確定した中核派元幹部の星野文昭に対する冤罪救援活動としている。

一方で、やはり中核派元幹部ではあるものの、1990年代に離脱して市民運動家となっていたところ、2001年(平成13年)に発覚した宮崎学公安調査庁の協力者であったという疑惑への対応で中核派を批判したことによって中核派から「反革命」と規定され[3] 2002年(平成14年)12月25日に襲撃されて重傷を負った[4]角田富夫と盗聴法反対運動・共謀罪法案反対運動や共著などで活動を共にしている。例えば、角田が2001年(平成13年)に編者を務めた書籍[5] に海渡が解説を寄せる一方、2006年(平成18年)には海渡が共同編者となっている書籍[6] に角田が論文を寄せている。また、海渡が連絡先をつとめる「法執行のグローバル化に関する研究会」(2002年7月設立)のWebサイト[7] は、角田が連絡先となっている市民運動「逮捕・家宅捜索令状110番」のWebサイト[8] [9] の中にある。

[編集] 過去に係わった訴訟や事件

[編集] 主な著作(共著含む)

[編集] 脚注

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  1. ^ ロイヤーズマガジン2009年3月号
  2. ^ 最も有名な反原発カップル 福島党首と海渡氏に米紙”. 産経新聞 (2011年8月21日). 2011年8月21日閲覧。
  3. ^ 革命的共産主義者同盟 (2002年3月4日). “反軍闘争に敵対し反階級的転向分子に転落した小西誠”. 『前進』 (第2043号): 5面. http://www.zenshin.org/f_zenshin/f_back_no02/f2043sm.htm. 
  4. ^ 2002年12月26日 時事通信社配信記事
  5. ^ 角田富夫編, ed (2001年2月5日). 『公安調査庁(秘)文書集』. 社会批評社. ISBN 4-916117-43-3. 
  6. ^ 小倉利丸、海渡雄一編, ed (2006年2月). 『危ないぞ!共謀罪』. 樹花舎. ISBN 4-434-07492-X. 
  7. ^ 「法執行のグローバル化に関する研究会」のご案内”. 2008年5月14日閲覧。[リンク切れ]
  8. ^ 逮捕・家宅捜索令状110番”. 2008年5月14日閲覧。[リンク切れ]
  9. ^ 逮捕・家宅捜索令状110番 (archive.org)”. 2010年3月12日閲覧。

[編集] 外部リンク

弁護士の肖像 海渡雄一 『ロイヤーズマガジン』 2009年3月

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