浴田由紀子
浴田 由紀子(えきだ ゆきこ、1950年 - )は元東アジア反日武装戦線“大地の牙”部隊のメンバー。同部隊リーダー齋藤和の内縁の妻であった。山口県出身。現在、栃木刑務所在監(出所予定は2017年)。なお、「えきた」といわれることも多いが、本当の発音は「えきだ」である。
[編集] 人物
県立大津高校卒業後、北里大学衛生学部に入学。卒業後は新宿の診療所で臨床検査技師として勤務。
1971年初夏に渋谷駅前でハンスト中のテック闘争に遭遇し、斎藤和と出会う。
1974年に斎藤と同棲。東アジア反日武装戦線の大地の牙に加入。1974年10月14日の三井物産館爆破事件で爆弾を設置するなど、大地の牙部隊が起こした連続企業爆破事件の犯行に関わったとされる。なお、浴田本人には爆弾製造に関する知識は無く、目覚し時計を元に時限装置を作り斎藤に渡したとされるが、それが犯行に使われたかどうかは不明である。
1975年5月19日朝8時ごろ、居住していた亀戸のツタバ・マンションで就寝中、踏み込んできた警察官に齋藤と共に逮捕される。齋藤は逮捕直後に青酸カリをあおり同日死亡、浴田は翌日そのことを警察官から知らされた。ちなみに浴田は、逮捕されるまで内縁の夫である齋藤の下の名前(和)を知らなかったという。
1977年のダッカ日航機ハイジャック事件において、日本赤軍の要求に基づき超法規的措置で釈放される。その後逃亡し、日本赤軍に加入。国際指名手配される。
1981年に一子を出産した。1995年3月20日、ルーマニアで潜伏活動をしていたところ身柄を拘束され、偽造有印私文書行使の容疑で国外退去となり日本へ向かう飛行機内で逮捕された。このことについて、後の裁判において弁護側は、本人は日本行きに反対であったこと、移送の状況が強制送還と考えられることなどを挙げ、違法性を指摘している。
2002年7月4日、検察は無期懲役を求刑したが東京地方裁判所にて懲役20年の判決が下される。大地の牙単独の事件に関して裁判所の判決が出たのは初めてであった。検察側・弁護側共に量刑が不当だとして控訴したが、2004年5月11日、東京高等裁判所は双方の控訴を棄却。浴田は上告したものの、8月5日に上告を取り下げ、懲役20年判決が確定した。
現在は東京拘置所から栃木刑務所に移監され服役中。出所予定は2017年3月22日。