江原線

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江原線
路線総延長 152.6 km
軌間 1435 mm
電圧 3000 V直流
江原線
各種表記
ハングル 강원선
漢字 江原線
発音 カンウォンソン
日本語読み: こうげんせん
英語表記: Kangwon Line
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江原線(カンウォンせん)は、朝鮮民主主義人民共和国咸鏡南道高原郡にある高原駅から江原道平康郡にある佳谷駅までを結ぶ鉄道路線である。路線名は道名から取られている。

路線データ[編集]

概要[編集]

日本統治時代京元線京城府(現・ソウル)龍山駅~元山駅)と呼ばれていた路線のうち、軍事境界線を挟んで南北に分断され、北側に帰属するようになった区間と、同様に咸鏡線(元山駅~清津駅~会寧駅)とされていた路線のうち、平羅線平壌駅~清津駅~羅先駅)と咸北線(清津駅~会寧駅~南陽駅~洪儀駅~羅先駅)に編入されなかった区間を、北朝鮮国鉄が総称して呼ぶようになったものである。

太平洋戦争末期の1944年、京元線の福渓駅~高山駅間は輸送力増強のため、朝鮮における国鉄(朝鮮総督府管轄)路線では初の電化区間(直流3000V)とされた(同時に駅のプラットホームの高さを1,250mmに嵩上げ)[要出典]。なお、このとき投入されたデロイ形電気機関車は、第二次世界大戦朝鮮戦争を経て該当区間が北朝鮮に帰属した後も継続して使用され、更にはこの電化方式を継承して北朝鮮の鉄道路線の約8割が電化された。江原線も現在では全線電化となっている。

運行概要[編集]

北朝鮮の鉄道全般に言えることであるが、昨今では資源不足と老朽化のため、列車の速度・本数が著しく低下し、停電による立ち往生もしばしば起こっている。

2002年当時は、平壌~平康間に平羅線経由で夜行の急行列車が、大同江(平壌の1つ南にある駅)~平康間に平徳線・平羅線経由で昼行の準急行列車が1往復ずつ設定されていた。

駅一覧[編集]

駅名 駅間キロ (km) 高原
からの
累計キロ
(km)
元山
からの
累計キロ
(km)
接続路線 所在地
日本語 朝鮮語 英語
高原駅 고원역 Kowŏn 0.0 0.0 42.0 北朝鮮鉄道省平羅線 咸鏡南道
高原郡
前灘駅 전탄역 Chŏnt'an 7.5 7.5 34.5  
龍潭駅 룡담역 Ryongdam 4.6 12.1 29.9 北朝鮮鉄道省:川内線 江原道 川内郡
玉坪駅
(文川駅)
옥평역
(문천역)
Okp'yŏng
(Munchon)
9.9 22.0 20.0 北朝鮮鉄道省:文川港線 文川市
文川駅
(文坪駅)
문천역
(문평역)
Munch'ŏn
(Munpyong)
7.4 29.4 12.6  
徳源駅 덕원역 Tŏkwŏn 7.1 36.5 5.5   元山市
元山駅 원산역 Wŏnsan 5.5 42.0 0.0 北朝鮮鉄道省:松涛園線
龍山から[1]
223.7
葛麻駅 갈마역 Kalma 4.1 46.1 219.6 北朝鮮鉄道省:元山港線
培花駅 배화역 Paehwa 6.7 52.8 212.9   安辺郡
安辺駅 안변역 Anbyŏn 4.9 57.7 208.0 北朝鮮鉄道省:金剛山青年線
南山駅 남산역 Namsan 6.4 64.1 201.6   高山郡
光明駅
(釈王寺駅)
광명역
(석왕사역)
Kwangmyŏng
(Sogwangsa)
9.4 73.5 192.2  
龍池院駅 룡지원역 Ryongjiwŏn 8.1 81.6 184.1  
高山駅 고산역 Kosan 6.5 88.1 177.6  
東鋤里駅 동서리역 Tongga-ri        
楽川駅
(三防駅)
락천역
(삼방역)
Rakch'ŏn
(Sambang)
  102.5 163.2   洗浦郡
三防駅
(三防峡駅)
삼방역
(삼방협역)
Sambang
(Sambanghyop)
3.9 106.4 159.3  
洗浦青年駅
(洗浦駅)
세포청년역
(세포역)
Sep'o Ch'ŏngnyŏn
(Sepo)
7.7 114.1 151.6 北朝鮮鉄道省:青年伊川線
城山駅 성산역 Sŏngsan 7.2 121.3 144.4  
剣仏浪駅 검불랑역 Kŏmbullang 5.0 126.3 139.4  
梨木駅 리목역 Rimok 4.8 131.1 134.6  
福渓駅 복계역 Pokkye 10.9 142.0 123.7   平康郡
平康駅 평강역 P'yŏnggang 3.8 145.8 119.9  
佳谷駅 가곡역 Kagok 6.8 152.6 113.1 韓国鉄道公社京元線

参考資料[編集]

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  1. ^ 鉄道省 編, 『鉄道停車場一覧. 昭和12年10月1日現在』, 1937, p495〜496

関連項目[編集]