国際放射線防護委員会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

国際放射線防護委員会(こくさいほうしゃせんぼうごいいんかい、: International Commission on Radiological ProtectionICRP)は、専門家の立場から放射線防護に関する勧告を行う民間の国際学術組織である[1]。ICRPはイギリス非営利団体(NPO)として公認の慈善団体であり、科学事務局の所在地はカナダオタワに設けられている[2]。 助成金の拠出機関は、国際原子力機関経済協力開発機構原子力機関などの原子力機関をはじめ、世界保健機構、ISRや国際放射線防護学会(International Radiation Protection Association; IRPA)などの放射線防護に関する学会、イギリス、アメリカ欧州共同体、スウェーデン、日本、アルゼンチン、カナダなどの各国内にある機関からなされている[1]

沿革[編集]

  • 1895年 X線の発見
  • 1924年 第一回「国際放射線医学会議 ICR」開催、「国際放射線単位および測定委員会 ICRU」設立
  • 1928年 第二回「ICR」開催、「国際X線およびラジウム防護委員会 IXRPC」設立
  • 1950年 第六回「ICR」開催、現在の名称ICRPに変更。許容線量の値を改定
  • 2005年 第5専門委員会が発足


医学分野で放射線の影響に対する懸念の高まりを受けて、1928年にスウェーデンストックホルムで国際放射線学会(International Society of Radiology; ISR)の主催により開かれた第2回国際放射線医学会議(International Congress of Radiology; ICR)において放射線医学の専門家を中心として「国際X線およびラジウム防護委員会」(International X-ray and Radium Protection Committee; IXRPC)が創設され[3]X線ラジウムへの過剰暴露の危険性に対して勧告が行われた[4]

1950年にロンドンで開かれたICR[5]にて、医学分野以外での使用もよく考慮するために組織を再構築し、現在の名称「International Commission on Radiological Protection; ICR」に改称された[3]。スウェーデン国立放射線防護研究所の所長であったロルフ・マキシミリアン・シーベルトは1929年にIXRPCの委員に就任し、ICRPに改組後も1958年から1962年まで委員長を務めた[6]

構成[編集]

ICRPは主委員会と5つの専門委員会 (Committee) からなり、必要に応じてタスク(課題)グループが作られる。

  • 第1専門委員会 放射線の影響
  • 第2専門委員会 放射線の線量
  • 第3専門委員会 医療分野における防護
  • 第4専門委員会 委員会勧告の適用
  • 第5専門委員会 環境への防護

主な勧告[編集]

ICRPの刊行物のリストはICRPのサイトで閲覧可能[7]

  • 1928年 X線とラジウムに関する勧告
  • 1934年 初めて許容線量の値を発表
  • 1950年 許容線量の値を改定
  • 1954年 被曝低減の原則を「可能な最低限のレベルに」(TLPL)
  • 1956年 許容線量の値を改定、被曝低減の原則を「実行できるだけ低く」(ALAP)へ改定
  • 1958年 Publ.1 第一勧告
  • 1962年 Publ.6 最大許容線量の値を発表
  • 1965年 Publ.9 許容限度の値を発表、被曝低減の原則を「容易に達成できるだけ低く」(ALARA1)へ改定
  • 1973年 Publ.22 被曝低減の原則を「合理的に達成できるだけ低く」(ALARA2)へ改定
  • 1977年 Publ.26 線量当量限度の値を発表
  • 1979年 Publ.30 職業被曝における内部被曝の限度値
  • 1990年 Publ.60 線量当量限度の値を修正
  • 2008年 Publ.103 組織荷重係数の改訂など
  • 2009年 Publ.113 放射線医療による医療被曝教育への勧告

国際放射線防護委員会に対する批判[編集]

批判には、その基準が緩過ぎるとする批判、逆に厳し過ぎる、あるいは間違っているとするものまである。

基準が緩過ぎるとする批判[編集]

IXRPCからICRPに再構築された際に、放射線医学、放射線遺伝学の専門家以外に原子力関係の専門家も委員に加わるようになり、ある限度の放射線被曝を正当化しようとする勢力の介入によって委員会の性格は変質していったとの指摘がある[8]。ICRPに改組されてから、核実験や原子力利用を遂行するにあたり、一般人に対する基準が設けられ、1954年には暫定線量限度、1958年には線量限度が勧告で出され、許容線量でないことは強調されたが、一般人に対する基準が新たに設定されたことに対して、アルベルト・シュバイツァーは、誰が彼らに許容することを許したのか、と憤ったという[9][8]


1954年には、被曝低減の原則を「可能な最低限のレベルに」(to the lowest possible level)としていたが、1956年には「実行できるだけ低く」(as low as practicable)、1965年には「容易に達成できるだけ低く」(as low as readily achievable)と後退した表現となり、「経済的および社会的考慮も計算に入れて」という字句も加えられ、1973年には「合理的に達成できるだけ低く」(as low as reasonably Achievable)とさらに後退した表現となった[8][10]。これらの基準運用の原則は、頭文字を取って、それぞれ、ALAP(1954年、1956年)、ALARA1(1965年)、ALARA2(1973年)と呼ぶ。

基準が厳し過ぎる・間違いとする批判[編集]

ウェード・アリソンは、「実際に行われている放射線治療における分割照射は放射線照射が正常な細胞に与えるダメージが修復される時間を事実上1日とし、治療において正常細胞が受ける線量率はICRPの定めた一般人向け上限線量率の20万倍に達するが、ICRP は被曝限度を年間の総量で示しているだけで既存の安全基準は急性被曝と慢性被曝の影響の違いをほとんど無視している」、と主張している[11]。またアリソンは、実際のデータが示す単回急性被曝で問題がないと判断される100ミリシーベルトを一ヵ月の許容限度に設定できると主張しているが、これはICRPの許容する年間1ミリシーベルトの千倍の許容量である[12]

元ICRP委員(1997年より4年間)の中村仁信は、「ICRP は,少しの放射線でも危険とする理由として,1個の突然変異でもがんの可能性があると主張してきたがこれが間違いであることが明らかになっている」と主張している[13]。 近藤宗平は「ICRPが出す勧告は、日本を含む世界各国の放射線障害防止に関する法令の基礎にされているが、実際の資料に基づいていないため、虚偽の情報」としている[14]

ICRPは原発推進側が作った組織であるという批判[編集]

これは完全な事実誤認である。ICRPの設立は1928年であり、オットー・ハーン核分裂反応を発見する1938年以前のことである。ちなみに最初の原子力発電所であるソ連のオブニンスク発電所が運転を開始したのは1954年

一方欧州放射線リスク委員会は、IAEAなどの原子力推進側の人物がICRP委員会の正会員でありICRP勧告(2007年)にも参加している事を報告している[15]

日本との関係[編集]

2007年の勧告では、1年間の被曝限度となる放射線量を平常時は1mSv未満、緊急時には20~100mSv、緊急事故後の復旧時は1〜20mSvと定めている[16]。この勧告に基づき、2011年に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所の事故に際し、ICRPは日本政府に対して被曝放射線量の許容値を通常の20~100倍に引き上げることを提案した。ただし、事故後も住民が住み続ける場合は1〜20mSvを限度とし、長期的には1mSv未満を目指すべきだとしている [17]。これを受け内閣府原子力安全委員会は、累積被曝量が20mSvを超えた地域において防護措置をとるという方針を政府に提言した[16]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 国際放射線防護委員会(ICRP) (13-01-03-12) - ATOMICA -, “原子力百科事典 ATOMICA”, (財)高度情報科学技術研究機構, (2006年08月), http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=13-01-03-12 2011年7月1日閲覧。 
  2. ^ ICRP Activities, “ICRP”, ICRP, (Page last updated: 2010-02-01), http://www.icrp.org/page.asp?id=3 2011年7月1日閲覧, "ICRP is a Registered Charity (a not-for-profit organisation) in the United Kingdom, and has a Scientific Secretariat in Ottawa, Canada." 
  3. ^ a b ICRP Activities, “ICRP”, ICRP, (Page last updated: 2010-02-01), http://www.icrp.org/page.asp?id=3 2011年7月1日閲覧, "ICRP was established in 1928 at the second International Congress of Radiology to respond to growing concerns about the effects of ionizing radiation being observed in the medical community. At the time it was called the International X-ray and Radium Protection Committee, but was restructured to better take account of uses of radiation outside the medical area and given its present name in 1950." 
  4. ^ International Recommendations for X-ray and Radium Protection, “ICRP: 1928 Recommendations”, ICRP, http://www.icrp.org/images/1928.JPG 2011年7月1日閲覧。 
  5. ^ “ICRP: 1950 Recommendations”, ICRP, http://www.icrp.org/publication.asp?id=1950%20Recommendations 2011年7月1日閲覧。 
  6. ^ “原子力のページ|エネルギーひとくちコラム|単位になった科学者たち - ロルフ・シーベルト”, 三菱重工 原子力事業本部, http://www.mhi.co.jp/atom/column/scientist05.html 2011年7月1日閲覧。 
  7. ^ ICRP: Annals of the ICRP” (英語). 2011年12月13日閲覧。
  8. ^ a b c 市川定夫 『環境学のすすめ : 21世紀を生きぬくために 上』 藤原書店〈Save our planet series〉、1994年、208頁。ISBN 4-89434-004-6
  9. ^ Civilization and Ethics, “Voices Education Project”, Voices Education Project, (12/18/2010), http://www.voiceseducation.org/category/tag/civilization-and-ethics 2011年7月1日閲覧, ""We are constantly being told about a 'permissible amount of radiation.' Who permitted it? Who has any right to permit it?"" 
  10. ^ ICRPによって提案されている放射線防護の基本的考え方 (09-04-01-05) - ATOMICA -, “原子力百科事典 ATOMICA”, (財)高度情報科学技術研究機構, (2002年01月), http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-04-01-05 2011年7月1日閲覧。 
  11. ^ アリソン 2011 p.160
  12. ^ アリソン 2011 pp.160-162
  13. ^ 中村仁信『放射線と発がん』(公益財団法人 大阪癌研究会 2011年) p.3
  14. ^ 近藤宗平 『人は放射線になぜ弱いか : 少しの放射線は心配無用』 講談社ブルーバックス〉、1998年、第3版、136-137頁。ISBN 4-06-257238-9
  15. ^ 2010 Recommendations of the European Committee on Radiation Risk(2010年勧告)p39
  16. ^ a b “被曝限度量の緩和提案 国際放射線防護委、移住回避促す”. 朝日新聞. (2011年3月26日). http://www.asahi.com/national/update/0326/TKY201103260337.html 2011年4月7日閲覧。 
  17. ^ “被曝限度量引き上げ、官房長官が検討を指示”. 読売新聞. (2011年4月6日). http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110406-OYT1T00900.htm 2011年4月6日閲覧。 [リンク切れ]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]