レナルド・ニアマイア

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レナルド・ニアマイア

Renaldo Nehemiah  No. 83

ワイドレシーバー
生年月日:1959年3月24日(55歳)
出身地:アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニュージャージー州ニューアーク
身長:6' 1" =約185.4cm 体重:177 lb =約80.3kg
NFLデビュー
1982年サンフランシスコ・フォーティナイナーズ
経歴
大学メリーランド大学
ドラフト外(1982年
 所属チーム:
通算成績
(1984年までの成績)
レシーブ回数     43回
レシーブ獲得ヤード     754ヤード
TDレシーブ     4回
NFL.comよりの成績
受賞歴・記録

レナルド・ニアマイア (Renaldo "Skeets" Nehemiah、1959年3月24日 - )はニュージャージー州ニューアーク出身の陸上競技選手である。1978年に110mハードルにおいて、13秒23のジュニア世界新(当時)をマーク。この記録は、2002年に中国の劉翔に破られるまで24年間保持した。1981年には史上初めて13秒の壁を破り12秒93(当時)の世界記録を樹立した[1]

経歴[編集]

1978年から1981年にかけて圧倒的な力を誇っておりモスクワオリンピックでは絶対的な金メダル候補であったが、アメリカのボイコットのため出場できなかった[1][2]。1981年スイスのチューリヒで110mハードルで史上初めて13秒の壁を破り12秒93の世界記録を樹立した。

1982年に、ニアマイアは陸上を離れNFLピッツバーグ・スティーラーズなどのワークアウトに参加した末、サンフランシスコ・フォーティナイナーズに入団し3年間所属した。1984年レギュラーシーズン終了後、翌年行われた第19回スーパーボウルにも出場している[3]

プロフットボールに転向した彼に対して国際陸上競技連盟は、あらゆるアマの競技会に出場する資格は無くなったとアメリカ陸上連盟(TAC)に複数回通告している[4]

トラックでの活躍ぶりに対して期待されたほど活躍はできなかった。パスキャッチ能力のなさはジム・ハインズと比較され、彼を獲得したことはビル・ウォルシュヘッドコーチの過ちであると指摘するものも多い[1]。ただしニアマイアがプレーに参加した際には相手ディフェンスは彼を恐れしばしばディーブゾーンの守りを厚くし、ダブルカバレッジでマークすることもあった[1]

1986年には再度トラックに復帰したがNFLのハードヒットに耐えるために7ポンド(およそ3kg)体重が増えておりNFL加入前の対戦では34回中28回破ったグレッグ・フォスターに敵わなくなっていた[1]。1991年の東京で開催された世界陸上でも代表選手に選ばれていたが怪我のため出場できなかった[2]

1994年陸上競技から引退した後、子供たちにスポーツを教えるクラブを作った[1]。また1997年の秋まではジョージメイソン大学の陸上部のアシスタントコーチも行った[1]

現在彼は陸上競技選手のマネージメントを行っており、これまでに彼が携わった選手にはアレン・ジョンソンマーク・クリアジャスティン・ガトリンがいる。

世界記録[編集]

世界記録
No. イベント タイム 年月日 場所
1. 55メートルハードル 6.89 1979年1月20日 ニューヨーク
2. 50メートルハードル 6.36 1979年2月3日 エドモントン
3. 110メートルハードル 13.16 1979年4月14日 サンノゼ
4. 110メートルハードル 13.00 1979年5月6日 ウェストウッド
5. 50ヤードハードル 5.98 1981年
6. 110メートルハードル 12.93 1981年8月19日 チューリヒ
7. 50ヤードハードル 5.92 1982年
8. 60ヤードハードル 6.82 1982年1月30日 ダラス

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g Renaldo Nehemiah, Would-be Football Star スポーツ・イラストレイテッド 1998年9月28日
  2. ^ a b Renaldo Nehemiah USATF 2009年8月8日閲覧
  3. ^ 第19回スーパーボウル記録
  4. ^ ニアマイアの無資格 IAAFが再び通告 朝日新聞 1983年1月27日朝刊19ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

先代:
キューバの旗 アレハンドロ・カサナス
110mハードル世界記録保持者
1979/4/14-1989/8/16
次代:
アメリカ合衆国の旗 ロジャー・キングダム