リチェーリ
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| リチェーリ | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| ラテン文字 | RYCHELY | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1987年8月6日(21歳) | |
| 出身地 | ||
| 身長 | 173cm | |
| 体重 | 69kg | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ||
| ポジション | FW | |
| 利き足 | 右足 | |
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||
リチェーリことリチェーリ・カンタニェーデ・デ・オリベイラ(Rychely Cantanhede de Oliveira , 1987年8月6日 - )は、ブラジル出身のサッカー選手である。ポジションはFW。173cm、69kg。
目次 |
[編集] 略歴
ブラジル北部・アマゾンの小さな村で生まれ育った。最大の特徴は一気にトップスピードに達する足の速さにある。 2005年春に来日しFC東京の練習に参加、8月に正式契約を結んだ。しかし9月に右膝半月板損傷で手術を受けリハビリの日々となったため試合出場の機会は得られなかった。 2006年の開幕当初、傷も癒え、チームメイトのジャーンが負傷で出遅れたため外国籍選手出場枠に空きが出た事も重なりJ1デビューの機会を得ると、その俊足でDFからボールをかっさらいゴールを奪うという印象的なデビューを飾った。しかしその後は足の速さはJ1で十分通用し、被ファウルも多くPKやFKを得る事で貢献度は大きかったが、シュートがあまり上手ではないため決定機を外す事も目立ち、先発レギュラーとしてのポジションはなかなか掴めないでいた。またダッシュ力に秀でている反面、足のこまかい負傷が多く別メニューとなる事も度々あった。 2008年にさらなる試合経験を得るためJ2・モンテディオ山形にレンタル移籍した。チームからはエースFWの番号である背番号9を与えられたが、3得点に終わりここでも結果を残すことはできなかった。
[編集] 所属クラブ
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| ブラジル | リーグ戦 | ブラジル杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2005年 | ナシオナルAC | ||||||||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2005年 | FC東京 | 35 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 2006年 | FC東京 | 35 | J1 | 9 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 9 | 1 |
| 2007年 | FC東京 | 35 | J1 | 16 | 1 | 4 | 0 | 0 | 0 | 20 | 1 |
| 2008年 | 山形 | 9 | J2 | 16 | 3 | - | 1 | 0 | 17 | 3 | |
| ブラジル | リーグ戦 | ブラジル杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2009年 | バイーア | ||||||||||
| 通算 | ブラジル | ||||||||||
| 日本 | J1 | 25 | 2 | 4 | 0 | 0 | 0 | 29 | 2 | ||
| 日本 | J2 | 16 | 3 | - | 1 | 0 | 17 | 3 | |||
| 総通算 | 41 | 5 | 4 | 0 | 1 | 0 | 46 | 5 | |||
[編集] 外部リンク
リチェーリ(サッカーマガジンバックナンバー掲載号閲覧へのリンク)

