ライアン・オニール
| ライアン・オニール Ryan O'Neal |
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| 本名 | Charles Patrick Ryan O'Neal |
|---|---|
| 生年月日 | 1941年4月20日(70歳) |
| 出生地 | ロサンゼルス |
| 国籍 | |
| 職業 | 俳優 |
| ジャンル | 映画・テレビドラマ |
| 配偶者 | ジョアンナ・ムーア (1963-1967) リー・テイラー=ヤング (1967-1973) |
| 家族 | テータム・オニール(娘) グリフィン・オニール(息子) |
| 主な作品 | |
| 映画 1970年「ある愛の詩」
1964年「ペイトン・プレイス物語」 |
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ライアン・オニール(Ryan O'Neal、1941年4月20日‐)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス出身の俳優。本名はPatrick Ryan O'Neal 。
父は脚本家チャールズ・オニール。女優ジョアンナ・ムーア、リー・テイラー=ヤングと相次いで結婚、離婚を繰り返し、1980年から17年間に渡りファラ・フォーセットと同棲した結果、一児をもうけた。息子にグリフィン・オニールがおり、有名なテイタム・オニールは最初の妻ジョアンナとの間の娘である。
目次 |
[編集] 略歴
[編集] 生い立ち
幼いころは、おもにヨーロッパ諸国や中米を転々としてすごしていたが、アメリカに単身で帰国。10代半ばのころ、兵学校卒業を機に西ドイツで両親と暮らし始めた。この時期、主にスタントマンとしてTVドラマ中心に仕事を得て、程なく俳優としても注目され始めた。23歳の時に再びアメリカに戻り、1964年スタートのTVシリーズ『ペイトン・プレイス物語』に大役を得て転機となった。以後は映画にも出演するようになり、逞しい肉体と端正な二枚目マスクを武器に落ち着いた演技力を披露。一気にスターダムに駆け上がった。
[編集] 「ある愛の詩」と私生活
60年代を代表する二枚目俳優として活躍を見出したオニールだったが、その女性遍歴もキャリアに負けず目を見張るものであった。出世作である『ペイトン・プレイス物語』で共演したバーバラ・パーキンスと浮名を流したのを皮切りに、最初の妻ジョアンナと離婚。1967年には、やはり共演者リー・テイラー=ヤングと再婚したものの、離婚に至っている。こうした私生活のゴシップの間で主演した名作『ある愛の詩』が大ヒット。公開当時、日本でもテーマ音楽が信号待ちの間に街頭で流れるなど、作品の人気が後押しをしてかオニールの存在は世界にも知られるようになった。
この後は、一転してシリアス路線からコミカルな役柄に活路を見出した他、1973年『ペーパー・ムーン』では、はじめて愛娘テイタムと初共演。彼女はこの作品でアカデミー助演女優賞を受賞している。ちなみにテイタムが演じたアディ役はジョディ・フォスターに引き継がれTVシリーズ化もされた。
この他、1975年には鬼才スタンリー・キューブリック監督が重厚な人間ドラマを演出した大河ドラマ的な異色作『バリー・リンドン』に主演。続く78年には「ある愛の詩」の続編が製作されるなど、70年代は俳優としては作品にも恵まれ絶頂期にあったが、反面、これに驕るような言動や態度が周囲にも知られる他、多くのトラブルを私生活で巻き起こし対立の火種を生むなど、問題行動も取りざたされた。
[編集] 慢性白血病に
80年代、娘の女優としての成長とシンクロするようにオニールのキャリアは下降線を辿り、主演作は急減。中期の代表作と謳われる1987年『タフガイは踊らない』で見せた渋味のある演技は風格を漂わせたが、97年に公私のパートナーであったファラ・フォーセットとも破局。そして2001年、体調不良を訴え検査を受けた結果、慢性白血病に冒されていることが判明し、マスメディアに公表[1]。闘病生活に入る。だが、生命力は衰えず、俳優としての活動も続け、2000年代に入ってもTV、映画ともに仕事をこなした。
2001年、SF大作『オデッセイ2001』では久々に主演。そして、2004年には日本でも放送され好評を博しているTVドラマ『デスパレートな妻たち』にも出演するなど、健在ぶりをみせた。
2008~09年、癌の闘病生活を続けているファラの介護に務めていたが、2009年6月25日にファラは死去した。
[編集] 主な出演作
- ペイトンプレイス物語 Peyton Place (1964~69) テレビシリーズ
- 悪女のたわむれ The Big Bounce(1969)
- 恐怖の復讐鬼 Love Hate Love(1970)
- 栄光への賭け The Game (1970)
- ある愛の詩 Love Story (1970)
- 夕陽の挽歌 Wild Rovers (1971)
- おかしなおかしな大追跡 What's Up, Doc? (1972)
- ペーパー・ムーン Paper Moon (1973)
- おかしなおかしな大泥棒 The Thief Who Came to Dinner (1973)
- バリー・リンドン Barry Lyndon (1975)
- ニッケルオデオン Nickelodeon (1976)
- 遠すぎた橋 A Bridge Too Far (1977)
- ザ・ドライバー The Driver (1978)
- 続・ある愛の詩 Oliver's Story (1978)
- メーン・イベント The Main Event (1979)
- 恋のジーンズ大作戦/巨人の女に手を出すな(1981)
- エメラルド大作戦 Green Ice (1981)
- パートナーズ Partners (1982)
- ペーパー・ファミリー Irreconcilable Differences (1984)
- ザ・ギャンブラー Fever Pitch (1985)
- タフガイは踊らない Tough Guys Don't Dance (1987)
- ワン・モア・タイム Chances Are (1989)
- ファラ・フォーセット/薔薇の秘密 Small Sacrifices (1989)
- グッド・スポーツ Good Sports (1991) テレビシリーズ
- たった一度のクリスマス/ある逃亡者との物語 The Man Upstairs (1992)
- アラン・スミシー・フイルム An Alan Smithee Film: Burn Hollywood Burn (1998)
- ゼロ・エフェクト Zero Effect (1998)
- エクスタシーをさがして Coming Sonn (1999)
- ザ・リスト/官能の罠 The List (2000)
- オデッセイ2001 Epoch (2001)
- ニューヨーク最後の日々 People I know (2002)
- miss match ミス・マッチ Miss Match (2003) テレビシリーズ
- お坊ちゃまはラッパー志望 Malibu's Most Wanted (2003)
- デスパレートな妻たち Desperate Housewives (2005) テレビシリーズ
- BONES Bones (2007-2008) テレビシリーズ
[編集] 逮捕歴
- 2007年2月4日にはロサンゼルスのマリブの自宅にて息子グリフォンに銃を発砲し、逮捕された[2]。
- ファラ・フォーセットとの子である三男が薬物中毒だったため、グリフォンが縛っていたところ、それを見つけたライアンが怒り、火かき棒でグリフォンに襲いかかった。グリフォンはよけ、グリフォンの臨月になっていた婚約者に当たった。火かき棒をグリフォンに取られたライアンは、銃を彼に向け発砲した。