モナスティル (チュニジア)

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モナスティルの紋章
モナスティルの港

モナスティルMonastirアラビア語: المـنسـتير‎ ,al-munastîr, ラテン語表記:monasterium, アラビア語チュニジア方言では発音:/lmisti:r/)は、チュニジア北東部の都市。モナスティル県の県都。サヘル地帯にあり、スースの20km南、首都チュニスの162km南にある。伝統的な漁港であり、現在はチュニジア有数の観光地である。人口はおよそ71,546人(2005年)。

歴史[編集]

モナスティルの名は、ラテン語のモナステリウム(monasterium、修道院)に由来する[1] · [2]。モナスティルは、フェニキア時代から古代ローマ時代にかけてあったルスピナの都市の廃墟の上に建設された。アラブ人が最初イフリーキーヤに植民地を建設した際、ケルアンスースとともにその一部を構成した。市内には保存状態の良いリバートがあり、かつては敵国の船がいないか海を監視する場所であった。幾人かのウラマーが、瞑想にふけるためこの平穏な都市のリバートに滞在するためやってきた。リバートは、モンティ・パイソンの映画『ライフ・オブ・ブライアン』の撮影場所にもなった。

交通[編集]

モナスティルにはモナスティル・ハビーブ・ブルギーバ国際空港があり、西欧諸国との国際線がある。

その他[編集]

メディナの北側に広大なシーディ・マザリ墓地があり、マークリ派法学者のマーザリーが埋葬されていることからその名がついている。 これに隣接して金色のドームをもつブルギーバ廟かがある。ブルギーバ大統領一族を祭る墓として、1963年に建設された。チュニジア初代大統領ハビーブ・ブルギーバはモナスティル出身で、彼の霊廟はこの地に建てられている。

姉妹都市[編集]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Giovanna Magi et Patrizia Fabbri, Art and History : Tunisia, éd. Casa Editrice Bonechi, Florence, 2008, p. 41
  2. ^ Heinz Halm et Michael Bonner, The empire of the Mahdi, partie 1, vol. XXVI, éd. Brill, Leyde, 1996, p. 221

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度47分 東経10度50分 / 北緯35.783度 東経10.833度 / 35.783; 10.833