ポリュカルポス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ポリュカルポス

ポリュカルポスギリシア語: Πολύκαρπος69年頃 - 155年頃)は、2世紀スミルナ主教司教監督)であった。彼は殉教者として死んだ。火刑にされたが、それでは死なず、刺し殺された。ポリュカルポスは、東方諸教会正教会ローマ・カトリック教会聖公会ルーテル教会聖人である。日本正教会では中世以降のギリシア語教会スラヴ語からポリカルプと転写される。

「彼は、ヨハネの弟子であった」と記録される。このヨハネは使徒ヨハネ長老ヨハネ福音記者ヨハネと同一視されている。

彼はローマのクレメンスアンティオキアのイグナティオスと共に三人の使徒教父の一人である。彼の書いた「ピリピ教会への手紙」が残されている。