ヒッポリュトス (対立教皇)
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ヒッポリュトス(Hippolytus, 古希: Ἱππόλυτος,170年? - 235年)は、初期キリスト教の対立教皇である(在位:217年 - 235年)。サベリウス主義(のちに異端とされる)を批判し、ローマ教皇カリストゥス1世と対立する。235年、教皇ポンティアヌスとともにローマ皇帝の弾圧によりサルデーニャに流罪となり、逝去。多くの著作を残しており、聖ヒッポリュトスと称される(8月13日が記念日とされる)。
参考文献 [編集]
- 『中世思想原典集成(1) 初期ギリシャ教父』所収「ノエトス駁論」(平凡社、1995年)
- 『聖ヒッポリュトスの使徒伝承』(オリエンス宗教研究所、1987年)
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