プトレマイオス5世
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プトレマイオス5世エピファネス(希:Πτολεμαίος Ε' Επιφανής、英:Ptolemy V Epiphanes、紀元前210年?-紀元前181年)は、古代エジプト、プトレマイオス朝のファラオ(在位紀元前204年-紀元前181年)。プトレマイオス4世とアルシノエ3世の子。エピファネス(顕現神王)と称される。
生涯[編集]
父プトレマイオス4世が急死し、母アルシノエ3世も廷臣たちにより暗殺されると、廷臣ソシビオスが幼少のプトレマイオス5世を擁立した。ソシビオス(まもなくアガトクレスに排除されたと思われる)、アガトクレスらが後見人として権勢を振るい、国内には不満が蓄積されていった。紀元前202年、アガトクレス達に対してペルシオンの知事トレポレモスが反乱を起こしてアガトクレスは虐殺され、プトレマイオス5世が正式に即位した。
エジプトとセレウコス朝シリアとの戦争は彼の時代にも続き、第五次シリア戦争(紀元前202年-紀元前195年)が起こった。パニアムの戦い(紀元前198年)において、スコパス率いるエジプト軍はシリアのアンティオコス3世(大王)に敗北し、コイレ・シリア地方など多くの領土を失う結果となった。ローマの仲裁の結果、アンティオコスの娘クレオパトラ1世とプトレマイオスが結婚する事で和平が成立した。クレオパトラとの間にはプトレマイオス6世フィロメトルが生まれた。彼の死後、クレオパトラ1世が摂政に就任し、シリアとの友好関係構築に努めた。
彼の治世中、国内では地方で反乱が続き、ノモスの知事の権限を増大させて対処した。有名な碑文ロゼッタ・ストーンは、プトレマイオス5世の治世について言及している。
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