メンフィス (エジプト)
座標: 北緯29度50分40.8秒 東経31度15分3.3秒 / 北緯29.844667度 東経31.250917度 メンフィス (Memphis) とは、現在のエジプト共和国にある古代王朝の遺跡。現在の地域名称はミート・ラヒーナ村。
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名称の由来[編集]
メンフィスという名は、第6王朝のファラオ、ペピ1世のピラミッド「メンネフェル」のギリシャ語読みが変化したものである。(下記、歴史の項を参照)
概要[編集]
カイロ市の南方27kmのナイル川西岸にある。古代遺跡が残されており、多くの観光客を集める。1979年、「メンフィスとその墓地遺跡-ギーザからダハシュールまでのピラミッド地帯」として世界遺産(文化遺産)に登録された。
歴史[編集]
エジプト古王国期の統一王朝最初の都であり、初期の都市名は、Ineb Hedj("白い壁")。
エジプト第1中間期の都市名は、Pyramid of Tetiの名であった Djed-Sut ("everlasting places")と呼ばれた[1]。
エジプト中王国時代の都市名は、Ankh-Tawy (meaning "Life of the Two Lands")と呼ばれ[2]、都は上エジプトのテーベに移った。
エジプト新王国時代の都市名は、Men-nefer (meaning "enduring and beautiful")と呼ばれ[3]、宗教改革を行ったことで知られるアメンホテプ4世の死後、一時的に都が置かれた。(まもなくテーベに遷都。)
マネトは都市名を、Hut-ka-Ptah (meaning "Enclosure of the ka of Ptah")と記したが、ギリシャ語でAί γυ πτoς (Ai-gy-ptos)となり、これがさらにローマ帝国期にはラテン語でアエギュプトゥス(ÆGYPTUS)と書かれた。これが今日、国名を英語でEGYPTと書く由来である。
主な遺跡[編集]
アクセス[編集]
カイロ市内からバスが運行されており、およそ1時間で行ける。メンフィス~ギーザ間や、メンフィス~サッカラ間はそれなりに距離があるため、ローカルバスかタクシーをチャーターして行かなければならない。
脚注[編集]
- ^ Montet, Géographie de l'Égypte ancienne, (Vol I), p. 28-29.
- ^ Najovits, Simson R. Egypt, trunk of the tree: a modern survey of an ancient land (Vol. 1–2), Algora Publishing, p171.
- ^ McDermott, Bridget (2001). Decoding Egyptian Hieroglyphs: How to Read the Secret Language of the Pharaohs. Chronicle Books , p.130