ジャン (ギーズ公)

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ジャン (ギーズ公)

ジャン・ピエール・クレマン・マリー・ドルレアンJean Pierre Clément Marie d'Orléans, Duc de Guise, 1874年9月4日 - 1940年8月25日)は、シャルトル公ロベールとその妻で従妹のフランソワーズ・ドルレアンの間の息子、王太子オルレアン公フェルディナン・フィリップの孫、フランスルイ・フィリップ1世の曾孫。ギーズ公

フランス王位請求者「フィリップ8世」である従兄のオルレアン公フィリップの死後、ギーズ公がオルレアン派の名目上のフランス王「ジャン3世」となった。この称号は、正統派(レジティミスト)のフランス王位請求者であるスペイン・ブルボン家モンティソン伯フアン・カルロスと競合していた。

家族[編集]

1899年、ジャン・ドルレアンは従妹のイザベル・ドルレアン1878年 - 1961年)と結婚した。イザベルはフィリップ8世の妹であり、パリ伯フィリップ(フィリップ7世)とマリー=イザベル・ドルレアンの娘であった。

夫妻は4人の子をもうけた:

ジャン3世は1940年、モロッコアライシュで死去した。

先代:
フィリップ8世
フランス王位請求者
オルレアン派正統派
オルレアン家当主
1926年 - 1940年
次代:
アンリ6世