フランソワーズ・ド・ブラガンス

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フランソワーズ・ド・ブラガンス(ヴィンターハルター画)
晩年のフランソワーズ

フランソワーズ・ド・ブラガンスFrançoise de Bragance1824年8月2日 - 1898年3月7日)は、フランスルイ・フィリップの三男ジョアンヴィル公フランソワの妻。

ブラジル皇帝ペドロ1世と皇后マリア・レオポルディナの四女として、リオ・デ・ジャネイロで生まれた。ポルトガル語での全名は、フランシスカ・カロリーナ・ジョアンナ・カルロッタ・レオポルディナ・ロマナ・クサヴィエ・デ・パウラ・ミカエラ・ガブリエラ・ラファエラ・ゴンザガ・デ・ブラガンサ(Francisca Carolina Joanna Carlotta Leopoldina Romana Xavier de Paula Michaela Gabriela Raphaela Gonzaga de Bragança)。姉にポルトガル女王マリア2世、弟にブラジル皇帝ペドロ2世がいる。

1843年にフランソワと結婚し、フランソワーズ・マリー(1844年 - 1925年)、ピエール(1845年 - 1919年)の2子をもうけた。

1898年、パリで死去した。