グラス・ガヴナン

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グラス・ガヴナン(Glas Gaibhnenn[1][2]発音表記/Glos gov-nan/ [3] 原典 Glas Gaivlen[1]あるいはグラス・ガヴレン(?)(Gloss Gavlen[4]) は、アイルランドの口承民話に登場する豊穣の牝牛。その名から「緑の班のある白い牝牛」(Mackillop)[5]とも、「鍛冶師ゴヴニウの灰色または虎毛の牝牛」(Rhys)[6]だとも解説されている。

概要[編集]

この牛にまつわる話は、ケルトの神話の書籍などで、キアンが魔法の牛を奪い返しにいき、バロールの娘と巡り合い、ルーの父親となる話として広く紹介されている。これは正統な神話(中世の写本に残る古文学)ではなく、19世紀に採集された民間口承であるが、グレゴリー夫人に代表される再話版神話に織り込まれている。

アイルランドの伝承[編集]

グレゴリー夫人再話[編集]

グレゴリー夫人版[7]の筋書きはおおよそ次のようなものである。邪眼のバロールは、手下のドルイド僧たちから、孫に殺される運命だと知る。これを受けてバロールは一人娘のエスリン[8]を幽閉。同じ頃、「火の尾根」という名の城に、ゴヴニウ、サヴィン[9]、キアンの三兄弟が住んでいた。キアンが自慢の牛グラス・ガヴナンを持って鍛冶師のゴヴニウを訪ね、剣の作成を注文する間、もう一人の兄弟がバロールに騙されて牛を盗まれてしまう。キアンは、山のビログというトゥアハ・デ・ダナーン神族の女ドルイド僧(魔女)に相談するが、バロールが生きながらえる間は牛は戻らないと教わる。キアンはこの魔女が呼び起こした海風に乗って海峡を渡り、バロールの獄塔に侵入し、バロールの娘と契りを交わす。再話はここで娘が産み落とした子供・長腕のルーに焦点が切り替わるので、牛を取り戻せたか否かが不明である。[2]以上では省略したが、グレゴリー夫人版の具体的で事細かな部分は、二つの民話収集例から取捨択一して再話されている。その原典である民話の標本例は、以下に記す。

Larminie 採集の民話[編集]

Larminie 収集の民話、題名「The Gloss Gavlen」は、より後年に発表された作品だが、主人公名が神話と合致する都合上、先に紹介する。話は二部構成になっている。前半はゴヴァン(?) (Gobaun) という大工が、バラル・ベヴァン(?) (Balar Beimann) という城主の自慢の城を建設。バラルは大工に他人の城の普請をさせじと、これを殺そうともくろむ。すんでのところ助かったゴヴァンは、でたらめな名前の道具三式をバラルの息子に取りに行かせる。大工の妻は事態を察し、その子を人質のたてにとって、正当な給金と大工の無事な返還を要求する。大工の次に鍛冶師(Gavidjeen Go という名)が遣わされるが、これが報酬として一日二十樽の乳を出す牝牛グラス・ガヴレン(?)を得る。ところがバラルは、その牛がさまよったり逃げださずにするため必要な手綱を渡さなかった。そのため、鍛冶師は牛を見張りする剣士を募集しなくてはならず、その給金代わりに応募者には剣を鍛えてやっていた。
 後半の主人公は、牛見張りに応募したキアン (Kian son of Contje) という男だったが、しくじって牛を逃がしてしまい、ゴヴァンに斬首されることになってしまう。しかし三日間の猶予を請い、牛の奪還に向かう。海岸に着くとなぜかマナナーン (Mananaun son of Lir) が小舟で迎えにきており、キアンが得た獲物の半分を山分けにするという約束で、牛のありかの国に送り届けてもらう。まだ肉を生で食う習慣があるという、その極寒の地で、キアンはバラルの料理人として雇われる。そしてマナナーンの錠解きの魔法により、監禁されている娘との逢引を果たす。娘に子が生まれた頃、キアンはいとまを乞い、赤子と牛と手綱を抱えてマナナーンの小舟に乗り込む。バラルは気づいて大波や火炎の海原をおこすが、マナナーンが鎮めてしまう。マナナーンは約束の報酬として赤子をもらいうけて、これをドルドナ(Dul Dauna)と名づけて育てる。(これはイルダナハ、つまり長腕のルーのあだ名の転訛とされる[10])。この子はある日、船で通りかかったバラルにむかって投げ矢を投げつけてこれを殺してしまう。[4]

O'Donovan 採集の民話[編集]

こちらは別に採集された、粗筋がよく似た同源民話 (cognate tale) である。ガヴィダ(?) (Gavida)、マク・サヴィァン(?)/マク・サヴァン(?) (Mac Samhthiann/Mac Samthainn)、 マク・キニーリー(?) (Mac Kineely;アイルランド語: Mac Cinnḟaelaiḋ (Mac Cinnfhaelaidh)) という三兄弟が、ドニゴール州の沿岸に住んでおり、その海を隔てた向こうのトーリー島英語版には、相手を石化する目を前頭部と後頭部に持った恐ろしい盗人バロールBalor)が住んでいた。三兄弟のうちガヴィダは鍛冶師で、「火の尾根」〔ドゥリム・ナ・テーネに鍛冶場をかまえていた。マク・キニーリー(キアンに相当)は、地主で、グラス・ガヴレン(Glas Gaivlen)という、たいそう乳の出のいい牝牛を持っていた。バロールはドルイド僧から、孫に殺されるという運命の宣告を受ける。それが起こらぬよう、娘のエスネ (?)(Ethnea)を塔に閉じ込める。先祖によって建てられたその塔は、「大塔(Tor More)」という名の大岩の上にあり、到達困難であった。バロールは、ある日ついに宝の牛を奪いに上陸した。マク・キニーリーは鍛冶師の兄弟に用事があり、牛の手綱をもうひとりの兄弟に預けていた。バロールは牛を引いているその男に向かって「後の二人はお前の鋼を全部使って剣を自分たちのつくり、お前の剣は鉄で作ろうともくろんでるぞ」と嘘を吹き込み、その場を去らせた。兄弟らが気が付くと、バロールはすでに牛を奪って、島の海峡の半ばまで漕ぎ出していた。マク・キニーリーには、山のビローゲ(?) (Biroge of the Mountain)という名の女性が、守護霊 (リャナンシー)としてついていおり、彼女によれば、牛を取り戻すにはバロールをまず斃さねばならない。その手筈として、この妖精女(バンシー)は、女装させた彼を嵐に乗せて島へと連れて行った。幽閉中の娘の世話役の十二人の侍女たちは、バンシーを恐れて塔の屋内に通し、男女は恋仲になり、三人の赤子が生まれてしまった。こちらの民話では牛が奪還されたか不明である。マク・キニーリーは、父親になったことがばれてバロールに殺され、その血色が染みついた岩がいつまでも残った。三人の嬰児のうち、一人だけが救われて、鍛冶師ガヴィダの丁稚として育てられた。ある日、バロールがこの鍛冶場に槍を注文しに現れ、うかり自分がマク・キニーリーを殺したことを自慢した。マク・キニーリーの遺児〇〇〇(名前は明かされないが、長腕のルーに相当する子)は、鍛冶作業にいそしむふりをしながら機をうかがい、赤熱した鉄棒をバロールの目に突き刺して敵討ちを果たした。[1]

附記:このトーリー島は、そもそもフィルヴォルグ族の根城である「コナンの塔」(Tower of Conand; アイルランド語: Tor Conaing) が建っていた場所という伝説が土着しており、トーリー島の名もそれにちなむとされる。グレゴリー夫人がこれをガラスの塔だとするのは学説か[11]

風土伝説とフィアナ伝説[編集]

アイルランド、クレア州の市町村英語版のひとつ、シャリー英語版にある、ドルメンらしき跡は、俗に「グラスの床」すなわち「青牛の床」 (Leaba-na-glaise) [12]と呼ばれており、鍛冶師の所有地だったと伝わる[12]。巷説では、その鍛冶師はマク・キニーリーか、ロン・マク・リムファ(?) (Lon Mac Liomhtha; 名剣マック・アン・ルインの製作者)だったとされる。同州には、「グラスの山」(Slieve-n-glaise)ないし「グラスの丘」と呼ばれる地形もあり、その頂上あるいは中腹のドルメンは「グラスの岩」(Carrick-na-glaise)と呼ばれ、この山の洞窟には鍛冶師ロンが住んでいた。これは小人(ドワーフ)だとも、アイルランドで最初に鋭利な武器を作った人だだと語り継がれる[13]

O'Donovan が記録した口承によれば、ここに住んだという鍛冶師ロンは、トゥアハ・デ・ダナーン神族のひとりで、三つ手に片足、胸から生えた手で鉄を返し、両腕でそれを鍛錬する。すばらしい跳躍力の、その一本足で移動する。「ロンは長年の間、グラス・ガヴナハ(?)(Glas Gaibhneach) というかけがえのない牝牛によって養われていた。その牛は、火事場から遠くないグラスの山で(放牧されて)牧草を食べていた。.. この牛は、スペインから盗んで来たものだったが..」数々の場所を転々して、ここ以外にその牛に満足に餌を与えるほど肥沃な地はアイルランドのどこにもなかった。「この牛は、どんなに大きな器を搾乳のために据えても乳で満杯に満たした」。牛が満たせない器が存在するかをめぐり、二人の女性が賭けをした。一人はざる(漉し器)を持ってきたのだが、牛乳はあふれかえり、七つの川を形成した。また「この牝牛の蹄は逆についていて、力づくでこの牛を奪おうという追跡者たちをかならず化かしてしまう」などとこの風土伝説はつづく。ロンはのちにフィン・マクールを訪ね、競争を申し出た。相手の俊足のキールテ(カイルテ英語版)は、「グラスの床」まで走り抜けるのに鍛冶師を出し抜いた。[14]

脚注[編集]

  1. ^ a b c O'Donovan 1856, p. 18n(採集民話)"a cow called Glas Gaivlen [rectè; Gaibhnenn]
  2. ^ a b Gregory 1905, p. 19(再話)
  3. ^ Gregory 1905, p. 472
  4. ^ a b Larminie 1893, p. 1-9(採集民話)
  5. ^ Mackillop 1998(事典), "Glas Ghaibhleann.. Celebrated magical cow, white with green spots, whose inexahustible supply of milk signalled prosperity"
  6. ^ Rhys 1893"Goibniu's Grey or Brindled (Cow)"
  7. ^ 影青書房(参考文献)によるこの第2章・第1節の試訳がある。
  8. ^ エスリン Ethliu, Eithlinn という神話上の正しい名前に訂正しているが、民話では Ethnea
  9. ^ Squire 1904, pp. 447- /'sąv-ïñ/
  10. ^ Squire 1904
  11. ^ Arbois de Jubainville, Henry (1903) (google), The Irish Mythological Cycle and Celtic Mythology, Dublin: Hodges, Figgs & Co., p. 67, http://books.google.co.jp/books?id=7EPXAAAAMAAJ&pg=PA67 
  12. ^ a b Borlase 1897, p. 883(O'Donovan が別途採集した土地伝説の要約を引用)
  13. ^ Borlase 1897,"Lon Mac Liomhtha was reported to have lived on this mountain in a cave. He was represented as a dwarf, and as the first who ever made edged weapons in Ireland."
  14. ^ Borlase 1897は資料を (O'Donovan), O.S.L. [Ordnance Survey Letters] \tfrac{14}{B.23} p.68 と記す。これは近年にO'Donovan 1997に出版。

参考文献[編集]

事典[編集]

  • Mackillop, James (1998), Dictionary of Celtic Mytholgy, New York: Oxford University Press 
  • 健部伸明; 怪兵隊 『虚空の神々』6巻 新紀元社〈Truth In Fantasy〉、1990年 

一次資料[編集]

二次資料[編集]

外部リンク[編集]

館野浩美. “『神々と戦士たち』 レディ・I・A・グレゴリー”. 2012年1月16日閲覧。