クメール共和国

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クメール共和国
République Khmère(高棉)
カンボジア王国 (1954年-1970年) 1970 - 1975 民主カンボジア
クメール共和国の国旗
(カンボジアの国旗)
クメール共和国の位置
公用語 クメール語
首都 プノンペン
元首
1970年 - 1972年 チェン・ヘン
1972年 - 1975年 ロン・ノル(大統領)
変遷
成立 1970年
崩壊 1975年
カンボジアの歴史
Angkor Wat W-Seite.jpg
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カンボジア王国 (1993–現在)
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クメール共和国(クメールきょうわこく)は、かつてカンボジアに存在した国家である。

1970年3月18日、ロン・ノル主導のクーデターで国家元首ノロドム・シハヌークを追放し、王制を廃止して成立する。しかし、政権運営当初から国内の抵抗勢力に悩まされ、統治体制は磐石ではなかった。1975年4月17日カンプチア民族統一戦線が首都プノンペンを占領したことにより政権が崩壊し、共和国はわずか5年で崩壊した。

略歴[編集]

  • 1970年
    • 3月18日 - 下院がシハヌークの国家元首職解任を決議。国会議長のチェン・ヘンが国家元首を代行し、ロン・ノル首相とシリク・マタク(シハヌークの従兄弟)の三頭体制に移行。
    • 10月 - クメール共和国の樹立を宣言。
  • 1972年
    • 3月 - 共和国憲法が採択されロン・ノルが大統領に、首相にシリク・マタクが就任するも1週間で罷免。
    • 10月 - 軍事独裁体制を宣言。
  • 1973年
    • 3月 - 大統領権限を強化する新憲法制定。
  • 1975年
    • 4月 - ロン・ノル亡命
    • 4月17日 - プノンペン陥落、クメール共和国崩壊。

関連項目[編集]