扶南国

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カンボジアの歴史
先史時代 (Early history)
扶南国 (1 - 630)
真臘 (630 - 802)
クメール王朝 (802 - 1432)
中世 (Dark ages of Cambodia) (1432 - 1863)
フランス領インドシナ (1863-1954)
カンボジア王国
カンボジア内戦 (1967-1975)
1970年クーデター
民主カンボジア (1975-1979)
カンプチア人民共和国 (People's Republic of Kampuchea) (1979-1990)
カンボジア王国 (1990-現在)
1992-93 UNTAC
年表 (Timeline)
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扶南国(ふなんこく)は、1世紀から7世紀にかけてメコン川下流域(現在のカンボジアベトナム南部)に栄えた古代国家。

3世紀頃に中国の歴史書(後漢書など)に同時代の東南アジアの国家としてその名が出ている。また、インドシナ半島では1世紀ころからインド文化が伝わり、扶南もその文化的影響を強く受けていた。つまり扶南は、「インドシナ」半島の国家らしくインドとシナ(中国)両国の影響を受けた国家であったといえる。実際、扶南はインド・中国間の海上交易ルートの中継地として大いに栄え、とりわけシャム湾に面した外港オケオには交易による商品と後背地からの様々な産物が集積され、活況を呈していたと考えられている。

扶南をたてた民族については、従来クメール系と考えられていたが、近年ではオーストロネシア系とする考えもある。いずれにしてもベトナムの民族系統とは異なり、ベトナムはメコン川下流域を侵略したといえる。