ギャラントフォックス

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ギャラントフォックス
英字表記 Gallant Fox
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1927年3月23日
死没 1953年11月13日(26歳没)
Sir Gallahad
Marguerite
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 Belair Stud
馬主 Belair Stud Stable
調教師 James E.Fitzsimmonsアメリカ
競走成績
生涯成績 17戦11勝
獲得賞金 328,165ドル
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ギャラントフォックス (Gallant Fox) はアメリカ合衆国競走馬および種牡馬アメリカ競馬史上2頭目の三冠馬。ブラッド・ホース誌が選ぶ20世紀のアメリカ名馬100選第28位。全弟にウッドメモリアルステークスを勝ったファイティングフォックスがいる。

戦績[編集]

1929年6月に行われたアケダクト競馬場の一般戦でデビューして3着、サラトガ競馬場での3戦目のフラッシュステークスで初勝利を挙げた。しばらくは5ハロンや6ハロンといった短距離路線で使われていたが、初勝利以後なかなか結果が出なかったため中長距離路線へと方針転換した。これが功を奏したのか、2歳最後の競走になった8ハロンのジュニアチャンピオンステークスで2勝目を挙げることに成功した。

翌年、3歳になったギャラントフォックスは、ジャマイカ競馬場のウッドメモリアルステークスを快勝したところから怒涛の快進撃を繰り広げた。プリークネスステークスケンタッキーダービーを1番人気を背負って優勝、ベルモントステークスこそ2番人気に甘んじたものの、3馬身差をつけて勝利を飾った。

この後もドワイヤーステークスとアーリントンクラシックステークスに出走して連勝を重ねたが、サラトガ競馬場で行われたトラヴァーズステークスにおいて大穴ジムダンディにまさかの敗戦を喫し、連勝は7で止まった。その後はローレンスリアライゼーションステークスなどで3勝し、3歳シーズンを10戦9勝の成績で終えて引退した。同年の年度代表馬、最優秀3歳牡馬にも選ばれた。

引退後[編集]

引退後はクレイボーンファームで種牡馬入りした。産駒のうちの1頭オマハはアメリカ三冠を達成して、父子揃ってのアメリカ三冠という快挙を成し遂げた。親子でのアメリカ三冠は、現在までアメリカ競馬史上唯一の記録である。

その他の代表産駒に、ベルモントステークスやトラヴァーズステークスなどに勝ったグランヴィルアスコットゴールドカッププリンスオブウェールズステークスなどに勝ったフレアーズがいる。

1953年11月13日に死亡、遺骸はクレイボーンファームに埋葬された。1957年アメリカ競馬名誉の殿堂博物館はギャラントフォックスの功績を称え、殿堂馬として選定している。

評価[編集]

競走成績[編集]

年度代表馬[編集]

  • 1930年 - 全米年度代表馬、最優秀3歳牡馬

表彰[編集]

血統表[編集]

ギャラントフォックス血統テディ系 / St.Simon 4x5=9.38%、Bend Or 4x5=9.38%)

Sir Gallahad III
1920 鹿毛
Teddy
1913 鹿毛
Ajax Flying Fox
Amie
Rondeau Bay Ronald
Doremi
Plucky Liege
1912 鹿毛
Spearmint Carbine
Maid of the Mint
Concertina St.Simon
Cosmic Song

Marguerite
1920 栗毛
Celt
1905 栗毛
Commando Domino
Emma C.
Maid of Erin Amphion
Mavourneen
Fairy Ray
1911 栗毛
Radium Bend Or
Taia
Seraph St.Frusquin
St.Marina F-No.4-n

外部リンク[編集]