ドミノ (競走馬)

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ドミノ
Domino Taral.jpg
フレッド・タラール騎乗
英字表記 Domino
品種 サラブレッド
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1891年5月4日
死没 1897年7月29日(6歳没)
ヒムヤー
マニーグレイ
母の父 エンクワイアラー
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ケンタッキー州
生産 バラク・G・トマス
馬主 ジェームズ・ロバート・キーン
→フォックスホール・P・キーン
調教師 アルバート・クーパー(アメリカ
→ウィリアム・レークランド(アメリカ)
競走成績
生涯成績 25戦19勝
獲得賞金 19万3550ドル
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ドミノDomino1891年 - 1897年)は、アメリカ合衆国競走馬種牡馬である。馬名は舞踏会用の仮面ドミノが由来。アメリカ競馬史上有数の快速馬として知られている。

1マイル以下では19戦18勝2着1回という圧倒的な強さを見せ、「黒い旋風 (The Black Whirlwind) 」と呼ばれた。なお、マイルより長い距離では1度のデッドヒート同着)があるのみで結局勝つことはできなかった。おもな勝ち鞍はフューチュリティステークスウィザーズステークスなど。全戦屈腱炎を患っての出走だったという。

ドミノは1891年、髄膜炎で6歳という若さで死亡した。産駒はわずか2世代20頭(うち1頭はすぐに死亡)だったが、その中の1頭コマンドベルモントステークスに、キャップアンドベルズに至ってはイギリスオークスに優勝した。驚くべきは活躍馬の割合で、8頭がステークスウィナーになった。勝ち馬は出走した17頭中15頭であった。代表産駒コマンドを通じブロードブラッシュに至る父系を現在に残している。

墓標には「アメリカ競馬史上最も速く、最も勇敢で、最も高潔な馬、ここに眠る("Here lies the fleetest runner the American turf has ever known, and the gamest and most generous of horses.")」と刻まれた。

1955年アメリカ競馬名誉の殿堂博物館に殿堂馬として選定され、殿堂入りを果たした。

全産駒20頭[編集]

血統表[編集]

ドミノ (Domino)血統ヒムヤー系 / Lexington3×4・4=25.00%、Boston4×5・5・5=15.62%、Reel4×5=9.38% (母内) )

Himyar
1869 鹿毛
Alarm
1869 鹿毛
Eclipse II Orlando
Gaze
Maud Stockwell
Countess of Albemarle
Hira
1864 栗毛
Lexington Boston
Alice Carneal
Hegira Ambassador
Flight

Mannie Gray
1874 青毛
Enquirer
1867 鹿毛
Leamington Faugh-A-Ballagh
Pantaloon Mare
Lida Lexington
Lize
Lizzie G.
1867 鹿毛
War Dance Lexington
Reel
Lecompte Mare Lecomte
Edith F-No.23-b

外部リンク[編集]