カルロ・クディチーニ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
カルロ・クディチーニ Football pictogram.svg
Carlo Cudicini.JPG
名前
本名 Carlo Cudicini
カタカナ カルロ・クディチーニ
ラテン文字 Carlo CUDICINI
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 1973年9月6日(38歳)
出身地 ミラノ
身長 185cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 トッテナム・ホットスパーFC
ポジション GK
背番号 23
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ 出場 (得点)
1991-1995
1993-1994
1995-1996
1996-1997
1997-1999
1999-2009.1
2009.1-
ACミラン
コモ・カルチョ(loan)
ACプラト
SSラツィオ
カステル・ディ・サングロ・カルチョ
チェルシーFC
トッテナム・ホットスパーFC
0 (0)
6 (0)
30 (0)
1 (0)
46 (0)
142 (0)
19 (0)  
代表歴
2002   イタリアの旗 イタリア   1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。{{{クラブ成績更新日}}}現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj
ノートでこのテンプレートの色について意見を募集しています。

カルロ・クディチーニ(Carlo Cudicini, 1973年9月6日 - )は、イタリアミラノ出身のサッカー選手。ポジションはゴールキーパーACミラン等で活躍した元イタリア代表ゴールキーパーのファビオ・クディチーニを父に持つ。

目次

[編集] 経歴

1991年に父ファビオが活躍したイタリアの名門、ACミランでキャリアをスタートさせる。セリエAでの出場はSSラツィオ在籍時の1試合のみだったが、活躍の場をイングランドに移してから、その能力が高く評価されることとなった。

1999年に同じイタリア人であるジャンルカ・ヴィアリ監督の率いるチェルシーFCにレンタル移籍。完全移籍した翌2000-2001シーズンには、同じくイタリア人であるクラウディオ・ラニエリ監督の信頼を得て、エド・デ・フーイを抑えて正ゴールキーパーの座を勝ち取った。至近距離からのシュートへの反応の鋭さは目を見張るものがあり、チームの守護神として欠かせない存在になっていった。ファンからの信頼も厚く、2001-2002シーズンにはファン投票によるチームの最優秀選手に選ばれている。

2002-2003シーズンには、プレミアリーグ年間最優秀ゴールキーパーの証である「ゴールデングラブ賞」を受賞。さらにはイングランド代表GK、デビッド・シーマンの後継者としてクディチーニのイングランド国籍取得を望む声が上がるなど、リーグ屈指のGKとして評価されていた。

結局、クディチーニ本人がイングランド代表入りに興味を示すことはなく、イタリア代表の座を目指しプレーを続けたが、イタリア代表としてはジャンルイジ・ブッフォンフランチェスコ・トルドら実力者の存在の前に出場機会が訪れることはなかった。

チェルシーの守護神の座は不動のものであると思われていたが、2004-2005シーズンにその状況は一変する。新監督のジョゼ・モウリーニョと共にやって来たチェコ代表ペトル・チェフにポジションを奪われ、出場機会を大きく減らした。そんな中クディチーニには他チームから多くのオファーが寄せられたが、それらを断ってチェルシーに残留し、第2GKとしてチームを支える存在となっていた。しかしながら、2009年1月に約10年間在籍したチェルシーを去り、トッテナム・ホットスパーFCへと移籍。ここでも第2GKとして、ゴメスの欠場時に穴を埋める働きをしている。

2009年11月12日、ロンドン市内でバイクを運転中に乗用車と激突。両腕の骨折と骨盤の損傷という重傷を負い、2009-2010シーズンを棒に振るだけでなく一時は選手生命も危ぶまれたが、手術を受け2010年の7月に無事復帰。2010-2011シーズンはゴメスの不調もあり終盤戦はレギュラーとして出場した。

[編集] エピソード

  • ベンチでは決まって同じ場所に座り、TV中継時、監督のアップ時の背後に映り込み存在感を示している。

[編集] 所属クラブ

[編集] 外部リンク


個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語