アンジェリク・ウィジャヤ
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アンジェリク・ウィジャヤ |
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| 基本情報 | ||
| ラテン文字名 | Angelique Widjaja | |
| 国籍 | ||
| 出身地 | 同・バンドゥン | |
| 生年月日 | 1984年12月12日(23歳) | |
| 身長 | 173cm | |
| 体重 | 59kg | |
| 利き手 | 右 | |
| バックハンド | 両手打ち | |
| ツアー経歴 | ||
| デビュー年 | 1999年 | |
| ツアー通算 | 4勝 | |
| シングルス | 2勝 | |
| ダブルス | 2勝 | |
| 4大大会最高成績・シングルス | ||
| 全豪 | 1回戦(2003・04) | |
| 全仏 | 2回戦(2002) | |
| 全英 | 2回戦(2002・03) | |
| 全米 | 2回戦(2002) | |
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||
| 全豪 | ベスト8(2004) | |
| 全仏 | 3回戦(2002) | |
| 全英 | ベスト8(2003・04) | |
| 全米 | ベスト8(2003) | |
| キャリア自己最高ランキング | ||
| シングルス | 55位 | |
| ダブルス | 15位 | |
アンジェリク・ウィジャヤ(Angelique Widjaja, 1984年12月12日 - )は、インドネシア・バンドゥン出身の女子プロテニス選手。プロテニス選手の少ないインドネシアで、当地を代表する選手として活動している。これまでにWTAツアーでシングルス2勝、ダブルス2勝を挙げる。自己最高ランキングはシングルス55位、ダブルス15位。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。
1990年代に世界ランキング19位・1997年ウィンブルドンベスト8などの偉業を残した先輩選手ヤユク・バスキの後を受けて、ウィジャヤが当地の新星として活躍を始める。彼女はジュニア選手時代、多数のトーナメントを制し、4大大会の女子ジュニア部門で2001年ウィンブルドン・2002年全仏オープンシングルス、2002年全豪オープンダブルスで優勝した。2001年ウィンブルドン選手権のジュニア女子シングルスでは、決勝でディナラ・サフィナ(ロシア)を 6-4, 0-6, 7-5 で破り、インドネシアのテニス選手として最初のウィンブルドン・タイトルを獲得している。2001年9月末、ウィジャヤはインドネシア・バリ大会でWTAツアー大会にデビューし、この大会でいきなりツアー初優勝を達成した。
2002年5月、ウィジャヤはクロアチア・ボル大会でタチアナ・ガルビン(イタリア)とペアを組み、女子ツアーのダブルス初優勝を果たした。ボル大会のダブルスを制した後、2002年全仏オープンで4大大会本戦にデビューし、この年は全仏オープン・ウィンブルドン・全米オープンとも2回戦に勝ち進んだ。全米オープンの1回戦で、ウィジャヤはロシアの人気選手アンナ・クルニコワを試合時間44分(スコア:6-3, 6-0)で圧倒し、世界の注目を集めた。クルニコワは2001年全米オープンから4大大会で1回戦敗退が続いていたが、このウィジャヤ戦での大敗で観客のブーイングを浴びた。ウィジャヤ自身は、続く2回戦で敗退している。同年11月にタイ・パタヤ市開催大会の決勝で趙倫貞(韓国)を 6-2, 6-4 で破り、ツアー大会でシングルス2勝目を挙げた。
ウィジャヤは2003年、ダブルスでベネズエラのマリア・ベント=カブチと組んで多くの好成績を出した。ウィジャヤとベント=カブチは、2003年ウィンブルドン・全米オープンの2大会連続で女子ダブルス・ベスト8に入り、ウィジャヤの故国のトーナメントであるバリ大会のダブルス優勝、WTAツアーのティアIトーナメント(女子テニスツアーで、4大大会に続く高額賞金大会群)の1つであるカナダ・マスターズダブルス準優勝などを記録した。2004年はオリンピックのインドネシア代表選手としてアテネ五輪に出場し、シングルスは2回戦に進んだが、ダブルスは1回戦で敗退した。
彼女は2004年末に左膝の手術を受け、2005年のシーズンを棒に振った。その後、女子ツアー大会ではかつての好調さを取り戻せず、長期間のスランプが続いている。女子テニス国別対抗戦・フェドカップのインドネシア代表選手としては、これまでに通算29勝6敗(シングルス13勝6敗、ダブルス16戦全勝)の成績を挙げてきた。
[編集] 外部リンク
- アンジェリク・ウィジャヤ - WTAツアーのプロフィール(英語)
- フェドカップ成績表
- アンジェリク・ウィジャヤ公式サイト

