アラトリステ (映画)

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アラトリステ
Alatriste
監督 アグスティン・ディアス・ヤネス
脚本 アグスティン・ディアス・ヤネス
原作 アルトゥーロ・ペレス=レベルテ
製作 アントニオ・カルデナル
アルパロ・アウグスティン
製作総指揮 イニゴ・マルコ
ベレン・アティエンサ
出演者 ヴィゴ・モーテンセン
ウナクス・ウガルデ
アリアドナ・ヒル
音楽 ロケ・パニョス
撮影 パコ・フェメニア
編集 ペペ・サルセド
配給 スペインの旗 20世紀フォックス
日本の旗 アートポート
公開 スペインの旗 2006年8月29日
日本の旗 2008年12月13日
上映時間 139分[1]
製作国 スペインの旗 スペイン
言語 スペイン語
ポルトガル語
ラテン語
製作費 €24,000,000[2]
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アラトリステ』(Alatriste)は、2006年公開のスペイン映画アルトゥーロ・ペレス=レベルテによるスペインのベストセラー小説『アラトリステ』 (西: El capitán Alatriste)シリーズを原作とする初の映画化作品。監督はアグスティン・ディアス・ヤネス。ストーリーは、映画化開始の時点で発表済みであった原作5作品の内容に加えて未発表部分までも網羅、孤高の剣士アラトリステの20年余に及ぶ後半生を1本の映画に凝縮して描く決定版として制作された[3]。アラトリステ役にはヴィゴ・モーテンセンを起用し、製作費にはスペイン映画史上の最高額となる2,400万ユーロが投じられた[2][4][5]。スペインの映画賞、第21回ゴヤ賞(2007年)では、製作監督賞、美術賞、衣装デザイン賞の3部門を受賞[6]

ストーリー[編集]

舞台は17世紀のスペイン新大陸発見による黄金時代も終焉を迎え、今やスペイン王国は破産寸前。首都マドリードは失業者で溢れかえっている。この苦難の時代にスペインを統治する国王フェリペ4世は、世襲の属領で豊かな富をもたらすフランドル地方[7]を反乱軍から取り戻すべく、長い戦い(八十年戦争)を続けていた。

1623年、13歳の少年イニゴは、兵士だった父親をフランドルで亡くし、首都マドリードへと旅立った。父の戦友である“カピタン”アラトリステを頼るためだった。しかし。アラトリステの暮らしぶりはイニゴの予想以上に厳しいものだった。カピタン(隊長)という呼称はあだ名に過ぎず、戦地を離れたこの頃は、暗殺稼業で食い繋ぐ有様だった。そんなある日、アラトリステはかつての戦友であるサルダーニャ警部補から、2人連れのイングランド人旅行者を暗殺する仕事を紹介された。見知らぬ殺し屋マラテスタと共に襲撃に向かうアラトリステ。だが、暗殺相手の態度が尋常ではない。腑に落ちないものを感じたアラトリステは暗殺を一旦延期した。実はこの2人の旅行者は、隠密裏にスペイン王家を訪ねて来た高位の英国貴族だったのだ。この一件はアラトリステの戦友の一人グアダルメディーナ伯爵を介して寵臣オリバーレス伯公爵に伝わり、暗殺計画は失敗に終わった。オリバーレスは権力者の関わる事件を伏せるために、関係者たちにスペイン本国から立ち去ることを命じた。アラトリステがイニゴを連れて向かったのは、フランドルの戦場だった。

1635年、フランドルから海路帰国したアラトリステは、オリバーレスからの極秘の指令を受けてセビリアへ向かった。セビリアで公演中の女優マリアの舞台を垣間見ながら、桟敷席の小部屋[8]で任務の説明を受けるアラトリステ。大物のスペイン貴族が新大陸から黄金を密輸し、敵国に横流しすることで私腹を肥やそうとしている。アラトリステの任務はその黄金の奪還だった。

この密輸の一件には、かつての暗殺事件の関係者が多く関わり、その中にはイニゴの恋人である美少女アンヘリカも含まれていた。アンヘリカとの関係についてアラトリステと激しく口論し、彼の元を飛び出すイニゴ。無頼な生活を送るイニゴを、遠くから案じ続けるアラトリステ。実はアラトリステもまた、複雑な恋の悩みを抱えていた。アラトリステの恋人である女優マリアはアラトリステとの結婚を望んでいたが、人気女優の地位を維持するために多くのパトロンとの肉体関係を必要としていた。マリアとの結婚は、愛人たちが貢ぐ金による安楽な生活を意味する。誇り高いアラトリステにとってそれは有り得ない選択であり、彼に出来ることはただ、愛の証しとして一本の美しい首飾りを買うことだけだった。

アラトリステとイニゴの恋はどちらも成就する望みのない悲恋だった。慙愧の思いを胸にアラトリステとイニゴは、落日のスペインを象徴する過酷なフランス・スペイン戦争英語版(西仏戦争)へと赴くのだった。

登場人物[編集]

ディエゴ・アラトリステ(通称カピタン)
最強と恐れられるスペイン歩兵連隊の古参兵。ただし必要に応じて召集される傭兵(雇われ兵士)。戦地を離れると、首都マドリードで暗殺など裏の仕事を引き受け、日銭を稼いでいる。
剣の腕は抜群で教養もあり、平の兵士ながら仲間たちから「カピタン」(隊長)と呼ばれている。
軍人として出世する才能がありながら、誇りを傷つけようとする相手には、たとえ上官であろうと剣を抜く。その気性ゆえにチャンスを逃し、原作の小説では「不運な兵士」「疲れた英雄」と表現されている。
イニゴ・バルボア
アラトリステの戦死した友人の息子。生前の約束でアラトリステが面倒を見ることになり、従者として引き取られる。
少年時代は大学入学のためラテン語の書き取りばかりさせられるが、軍人志望の初志を貫き「詩も書ける剣士」に成長する。
原作の大長編は、後に近衛隊長にまで出世したイニゴが、引退後にアラトリステの思い出を綴った手記に基づくという形になっている。

権力者たち[編集]

グアダルメディーナ伯爵
冒頭の夜襲の場面で、アラトリステに命を救われる若いスペインの大貴族。アラトリステを気に入り、屋敷に出入りさせるが、身分の高さゆえ一介の兵士を対等に扱うことはしない。
味方にもなるが、宮廷内での権力を保つため敵に回ることもある。
宰相オリバーレス伯爵
国王に代わって政治を司る事実上の最高権力者。抜け目のない策士。当初は伯爵、後に公爵の称号も併用する。大物貴族の悪事を内密に処理するため、アラトリステに極秘任務を依頼する。
フェリペ4世
ヨーロッパ随一の名門貴族ハプスブルク家の血を引く国王。政治は全て寵臣と呼ばれる有力な家臣に任せきり、芸術と狩猟、宴会、女遊びにうつつを抜かす。
謎のイングランド人旅行者たち
闇討ちに来たアラトリステに逆に命を救われる。この旅行者がスペイン王家に持ちかけた「提案」は歴史上の事実であり、スペインの将来を左右する重要な内容だった。だが、長い交渉の末に物別れに終り、体よく母国へと追い返される。

敵対者たち[編集]

ボカネグラ神父
スペイン異端審問所の長官。アラトリステとマラテスタを使ってイングランドからの旅行者を暗殺しようとする。
ルイス・デ・アルケサル
国王の秘書官。さまざまな宮廷内の陰謀に加担している。大貴族(グランデ)の地位にあこがれている。
グァルテリオ・マラテスタ
アルケサルに雇われたイタリア人の殺し屋。パレルモ出身。

恋人たち[編集]

アンヘリカ・デ・アルケサル
悪魔的な冷たさを持つ賢い美少女。両親を亡くし、叔父のアルケサルに養育される。王妃付きの女官で、イニゴの一目惚れの相手。幼い頃から叔父の悪事は全て把握し、時にアドバイスすることもある。
マリア・デ・カストロ
スペイン随一の人気女優。大手の劇団の主宰者をしているラファエル・コサルという夫がいるが、アラトリステを愛している。

アラトリステの仲間たち[編集]

フランシスコ・デ・ケベード
17世紀スペインを代表する実在の文学者で、アラトリステの良き友人。当時の悪政やライバル詩人を批判する痛烈な詩を書いては匿名でばら撒くため、当局に睨まれている。
出世を望みつつも、悪政を糾弾せずにはいられぬ熱血詩人。
セバスティアン・コポンス
戦友としてアラトリステと行動を共にする無学だが気のいい兵士。少年時代のイニゴが書き取りの勉強をする様子を、興味深げに眺めている。
マルティン・サルダーニャ警部補
アラトリステ達の戦友だった男。妻の浮気の噂が絶えないため「寝取られ男」と揶揄されている。
官吏の立場上、宮廷の秘書官や王の側近の命令には逆らえず、心ならずもアラトリステと敵対することになる。
ガローテ
居酒屋の場面で、戦友の悪口を言った客を締め上げる荒くれ兵士。
ルイス・ペレイラ
ブレダの塹壕の場面で、ガローテに異端者と呼ばれ、いきり立つポルトガル人の兵士。
後半の「カディスの海岸」の場面で、悲嘆に暮れた母親の出迎えを受け、イニゴに悩みを打ち明けるのも、この兵士。
当時のスペインでは「異端」の疑いをかけられただけで、異端審問所による恐ろしい拷問や火あぶりが待っていた。
ガンスーア
セビリアの死刑囚。映画では古くからの戦友として冒頭の夜襲やブレダの場面にも登場している。獄中でアラトリステと再会する。

キャスト[編集]

役名 俳優 日本語吹替
ディエゴ・アラトリステ ヴィゴ・モーテンセン 木下浩之
イニゴ・バルボア ウナクス・ウガルデ 武藤正史
マリア・デ・カストロ アリアドナ・ヒル 浅野まゆみ
アンヘリカ・デ・アルケサル エレナ・アナヤ 伊藤静
グアダルメディーナ伯爵 エドゥアルド・ノリエガ 桐本琢也
グァルテリオ・マラテスタ エンリコ・ロベルソ
オリバーレス伯爵 ハビエル・カマラ 遠藤純一

作中で描かれた戦い[編集]

アラトリステの出生について詳細は不明だが、1580年代初頭に、スペイン北部のレオン近郊で郷士の次男に生まれたとされている。13歳で故郷を離れ、従者として兵士の道を歩み始めた。

八十年戦争(1568年-1648年)[編集]

フランドル地方は現在のオランダ南部、ベルギー西部、フランス北部にまたがる地域で、中世以来毛織物業と商業で栄えていた。1477年、フランドルを含むネーデルラントハプスブルク家の領土とされ、1556年にスペイン・ハプスブルク家に継承された。

1568年、ネーデルラントの新教徒(プロテスタント)は、カトリック国であるスペインの過酷な支配から逃れるため、反乱を起こした。映画では描かれていないが、13歳で戦場に出たアラトリステは、1595年頃にはすでにフランドルで戦っている。

1609年にスペインと12年間の停戦協定を結んだ時点で、ネーデルラント北部7州は実質的な独立を遂げていた(ネーデルラント連邦共和国)。フランドルを含む南ネーデルラントはカトリック教徒が多く、スペイン領として残ったが、アジア貿易で莫大な利益を上げているこの土地は北部も南部も、スペインにとって手放せない領土だった。この頃のアラトリステは、バレンシアナポリ等で戦いに参加。オスマン帝国との海戦では短期間ながら捕虜にもなっている。

1621年、停戦期間の終了と共に、スペインは再びフランドルに出兵。北部7州の新教徒と新たな戦いを開始した。この時に出陣したスペイン軍の中に、アラトリステが所属するカルタヘナ歩兵連隊があり、映画の冒頭の夜襲でイニゴの父ロペ・バルボアが戦死した。

ブレダの包囲戦(1624年-1625年)[編集]

ブレダの開城(槍)』
ベラスケス作:1634-1635年頃)プラド美術館。

1623年、除隊してスペイン本国に戻ったアラトリステは、イングランド人旅行者の暗殺未遂事件に巻き込まれ、宰相オリバーレス伯爵の命により、イニゴ少年を伴って再びフランドルの戦場に復帰した。

1624年から1625年にかけて、アラトリステとイニゴは、フランドル南部の要塞都市ブレダの攻城に参加。都市に立て籠もったオランダ軍と、これに味方するイングランド軍に対し、スペイン軍が周囲を取り囲んだ。長い持久戦が続く中、敵味方ともに坑道を掘り進め、地下でも戦闘が繰り広げられた。

1年に及ぶ戦いの果てに、降伏したブレダの開城の様子は、スペインの巨匠ベラスケスが大作の歴史画に描き、映画の中にも登場している。

三十年戦争(1618年-1648年)[編集]

オランダとスペインの「八十年戦争」が宗教戦争であったのと同様に、1618年には更なる宗教戦争「三十年戦争」が勃発した。

1618年、ボヘミアの新教徒が、カトリック教徒であるハプスブルク家の国王(神聖ローマ皇帝フェルディナント2世)に対し反乱を起こした。これをきっかけに、周辺の新教徒の国々が加わり、大規模な宗教戦争である「三十年戦争」に発展した。

1635年には、ハプスブルク家に対抗意識を持つフランス・ブルボン王家が、カトリック教徒でありながら新教徒の側に就き、この戦いに参戦した。

ロクロワの戦い(1643年)[編集]

ハプスブルク家の一員として「三十年戦争」に加わっていたスペインは、オランダとの戦争も続く中、フランスと開戦。1643年、アラトリステやイニゴを含むスペイン軍2万7千は、フランドルからパリに向け侵攻を開始し、国境付近のロクロワでフランス軍2万3千と最大の激戦を展開した。

作中に登場する画家・文人[編集]

『セビリアの水売り』(ベラスケス作:1621年[9])ロンドン:アプスレーハウス(ウエリントン美術館)。

衰退の一途をたどる17世紀スペインにおいて、文化・芸術面だけは黄金期が続き、バロック様式の絵画や演劇における数々の傑作が生まれた。

ディエゴ・ベラスケス
原作の物語では、アラトリステは、スペインの詩人や画家など多くの実在の文化人と親しく交流したとされている。
ベラスケスが、「ブレダの包囲戦」の勝利を描いた『ブレダの開城』を制作する際には、アラトリステの姿を描き込み、イニゴが画家の資料集めに協力したと書かれている。
また、ベラスケスの絵画『軍神マルス』も、映画の中のある場面にさりげなく登場している。
映画の前半、グアダルメディーナ伯爵邸の屋根裏部屋の場面で、伯爵がアラトリステに示した絵画は、ベラスケス初期の傑作『セビリアの水売り』。
ゴンゴラ(西:Luis de Góngora)とミゲル・デ・セルバンテス
登場こそしないものの、映画の中で名前が語られるゴンゴラとセルバンテスは、共に17世紀スペインを代表する文学者である。
ゴンゴラはアラトリステと同時代の詩人で、映画の冒頭の場面の頃は宮廷に仕えていた。比喩や引用を多様し、言葉を難解に飾る「文飾主義」が特徴で、この作風を嫌ったケベードが激しい非難を浴びせたのは、歴史上の事実。
セルバンテスは、すでに故人だったが、代表作『ドン・キホーテ』はイニゴ少年も愛読している。
ケベードが台詞で「セルパンテスも試みた」と言っているのは、当時流行の世俗演劇のために執筆された『新作コメディア8編と新作幕間狂言8編』を指している。

2種類の日本語版字幕[編集]

本作品は2008年末に日本で劇場公開されたが、当初の字幕には歴史的人名の誤表記などミスが目立った。その為、日本版DVDでは原作の5人の翻訳者の1人として原作奥付に記載がある加藤晃生が字幕監修を担当し、本編翻訳の佐藤恵子と協力して「別物に近い」[10]改正字幕を作成した。また小島さやからによる吹き替え版も制作された。

脚注[編集]

  1. ^ タイトルのみのオープニング・クレジット(製作者及び制作会社名)17秒を含む収録時間(139分5秒)。日本でのロードショー公開時はオープニング・クレジットがカットされ、138分だった。IMDBによると上映時間145分となっている。
  2. ^ a b Alatriste, IMDb.com
  3. ^ それにもかかわらず、配給会社の意向により制作過程で約1時間分のシーンがカットされた(ファンサイト"capitan-alatriste.com"によるアルトゥーロ・ペレス=レベルテのインタビューより。La Entrevista Que Arturo Nos Dio)。
  4. ^ Donald Morrison, The Pen And the Sword, Time Europe Magazine, 2006年5月29日。
  5. ^ 日本版プレスシートに「スペイン映画史上最高の制作費」との記載あり。
  6. ^ Premios Goya 2007 elmundo.es
  7. ^ ネーデルラント(低地地方)の中でも、フランドルは「水浸しの土地」という意味を持つ。
  8. ^ この小部屋の場面に映っている黒服の小男は、登場場面がカットされた宰相の部下オルメディージャ会計官[要出典]
  9. ^ 制作年は『西洋の美術III 北方ルネサンス・バロック・ロココ』旺文社、1976年によるが、本作の制作年については諸説ある。
  10. ^ アラトリステ隊長代理とツイてない仲間たち

出典[編集]

  • El capitán Alatriste (1996, Alfaguara) 『アラトリステ』(インロック)
  • Limpieza de sangre (1997, Alfaguara) 『アラトリステ2:異教の血』(インロック)
  • El sol de Breda (1998, Alfaguara) 『アラトリステ3:ブレダの太陽』(インロック)
  • El oro del rey (2000, Alfaguara) 『アラトリステ4:帝国の黄金』(インロック)
  • El caballero del jubón amarillo (2003, Alfaguara) 『アラトリステ5:黄衣の貴人』(インロック)
  • Alatriste- Guion cinematografico (2006,OGCHD Y MEDIO:シナリオ写真集)
  • Alatriste (2006,FoxDVD.es)
  • 映画『アラトリステ』OFFICIAL SITE(日本)

外部リンク[編集]