アナタハン島

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アナタハン島

アナタハン島マリアナ諸島の島で北緯20度、東経145度に位置し、南東約53kmにファラリョン・デ・メディニラ島、北北東約35kmにサリガン島がある。

島の形は東西12km、南北4kmと東西に長い島で、島の最高点は787m。面積は32.4平方kmで、北部諸島ではパガン島に次いで大きい。

1990年4月に島で火山性地震が多発したため、島民22名は全員サイパン島に避難したが、その後避難命令が解除され何人かは島に戻った。しかし、2003年5月2005年4月6日に大規模な噴火を起こし、島民は再び避難生活を余儀なくされている。

[編集] アナタハン島の女王

1944年6月、軍に徴用された漁船がアナタハン島沖で米軍機の空襲を受け、乗っていた30人の軍人軍属がアナタハン島にたどり着いた。そこには民間人の日本人男性と、日本人女性比嘉和子がいた。こうして、アナタハン島での男32人と女1人の生活が始まった。

しばらくは全員で共同生活を送っていたが、そのうち全員が1人の女性を巡って争うようになり、この時期に行方不明者が2人出た。やがて、終戦を迎え米軍は島に拡声器で日本の敗戦を知らせたが、誰も信じる者はいなかった。

1946年8月B-29の残骸を発見した彼らはその中からピストルを発見し、さらに機体のジュラルミンからナイフを作った。この時以来女性を巡って、男性達の間で公然と殺し合いが行われるようになった。

この後、1950年6月、米国船の救出によって女性が脱出し、翌1951年6月には生き残った男性19人も救出された。

この女性を巡る一連の事件が戦後、『アナタハン島の女王』として比嘉和子自身の主演によって舞台化・映画化された(映画化時の題名は『アナタハン島の眞相はこれだ!!』)。また、1953年にはジョセフ・フォン・スタンバーグによって『アナタハン』として映画化された。

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