「電気けいれん療法」の版間の差分

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ECTには大きく分けて、四肢や体幹の筋にけいれんを実際に起こすもの(有けいれんECT)と、筋弛緩剤を用いて筋のけいれんを起こさせないもの(修正型ECT、無けいれんECT)に分類され、用いる電流も「[[正弦波|サイン波]]」型と「[[パルス|パルス波]]」型に分類できる。
ECTには大きく分けて、四肢や体幹の筋にけいれんを実際に起こすもの(有けいれんECT)と、筋弛緩剤を用いて筋のけいれんを起こさせないもの(修正型ECT、無けいれんECT)に分類され、用いる電流も「[[正弦波|サイン波]]」型と「[[パルス|パルス波]]」型に分類できる。


[[1938年]]、[[イタリア]]・[[ローマ]]の[[ウーゴ・チェルレッティ]]とルシオ・ビニ([[:en:Lucio Bini|Lucio Bini]])によって創始された、元精神分裂病(現在のほぼ[[統合失調症]]に当たる)に対する特殊療法として考案されたものである。日本では[[1939年]]に[[九州大学]]の[[安河内五郎]]と向笠広次によって創始された。その後、他の疾患にも広く応用されて急速に普及し、精神科領域における特殊療法中、最も一般化した治療法である<ref>精神科の治療指針 [[厚生省]][[保険局]] 1961年10月27日</ref>。作用機序は不明である{{Sfn|英国国立医療技術評価機構|2003|loc=Chapt.3.2}}<ref>医学が歩んだ道 フランク・ゴンザレス・クルッシ 著 堤理華 訳  武田ランダムハウスジャパン 2008年 ISBN 9784270003657 p275</ref>。
[[1938年]]、[[イタリア]]・[[ローマ]]の[[ウーゴ・チェルレッティ]]とルシオ・ビニ([[:en:Lucio Bini|Lucio Bini]])によって創始された、元精神分裂病(現在の[[統合失調症]])に対する特殊療法として考案されたものである。日本では[[1939年]]に[[九州大学]]の[[安河内五郎]]と向笠広次によって創始された。その後、他の疾患にも広く応用されて急速に普及し、精神科領域における特殊療法中、最も一般化した治療法である<ref>精神科の治療指針 [[厚生省]][[保険局]] 1961年10月27日</ref>。作用機序は不明である{{Sfn|英国国立医療技術評価機構|2003|loc=Chapt.3.2}}<ref>医学が歩んだ道 フランク・ゴンザレス・クルッシ 著 堤理華 訳  武田ランダムハウスジャパン 2008年 ISBN 9784270003657 p275</ref>。


多くの場合、ECTは[[インフォームド・コンセント]]を得たうえで<ref name =Beloucif>{{cite journal |authors=Beloucif S |title=Informed consent for special procedures: electroconvulsive therapy and psychosurgery |journal=Curr Opin Anaesthesiol |volume=26 |issue=2 |pages=182–5 |year=2013 |pmid=23385317 |doi=10.1097/ACO.0b013e32835e7380 }}</ref>、[[大うつ病]]、[[躁病]]、[[緊張病]]の治療手段として用いられている<ref name=FDA2011rev>FDA. [http://www.fda.gov/downloads/AdvisoryCommittees/CommitteesMeetingMaterials/MedicalDevices/MedicalDevicesAdvisoryCommittee/NeurologicalDevicesPanel/UCM240933.pdf FDA Executive Summary]. Prepared for the January 27–28, 2011 meeting of the Neurological Devices Panel Meeting to Discuss the Classification of Electroconvulsive Therapy Devices (ECT). Quote, p38: "Three major practice guidelines have been published on ECT. These guidelines include: APA Task Force on ECT (2001); Third report of the Royal College of Psychiatrists’ Special Committee on ECT (2004); National Institute for Health and Clinical Excellence (NICE 2003; NICE 2009). There is significant agreement between the three sets of recommendations."</ref>。
多くの場合、ECTは[[インフォームド・コンセント]]を得たうえで<ref name =Beloucif>{{cite journal |authors=Beloucif S |title=Informed consent for special procedures: electroconvulsive therapy and psychosurgery |journal=Curr Opin Anaesthesiol |volume=26 |issue=2 |pages=182–5 |year=2013 |pmid=23385317 |doi=10.1097/ACO.0b013e32835e7380 }}</ref>、[[大うつ病]]、[[躁病]]、[[緊張病]]の治療手段として用いられている<ref name=FDA2011rev>FDA. [http://www.fda.gov/downloads/AdvisoryCommittees/CommitteesMeetingMaterials/MedicalDevices/MedicalDevicesAdvisoryCommittee/NeurologicalDevicesPanel/UCM240933.pdf FDA Executive Summary]. Prepared for the January 27–28, 2011 meeting of the Neurological Devices Panel Meeting to Discuss the Classification of Electroconvulsive Therapy Devices (ECT). Quote, p38: "Three major practice guidelines have been published on ECT. These guidelines include: APA Task Force on ECT (2001); Third report of the Royal College of Psychiatrists’ Special Committee on ECT (2004); National Institute for Health and Clinical Excellence (NICE 2003; NICE 2009). There is significant agreement between the three sets of recommendations."</ref>。


== 適用 ==
== 適用 ==
日本国内では、[[うつ病]]、[[双極性障害|躁うつ病]]、[[統合失調症]]などの[[精神障害]](まれに[[パーキンソン病]]などにも)の治療に用いられている。
[[アメリカ精神医学会]](APA)のECTガイドラインでは、精神病、躁せん妄、緊張病の伴う深刻な抑うつについて早期のECTを実施する明確なコンセンサスがあるとしている。APAの2009年ガイドラインでは予防段階でのECT使用を支持している

[[英国国立医療技術評価機構]](NICE)のECTガイドラインでは、深刻な[[うつ]]、継続する深刻な[[躁]]エピソード、[[緊張病]]のみに用いられるべき(should only be used)だとしている{{Sfn|英国国立医療技術評価機構|2003|loc=Overview}}。成人の抑うつに対しては、急性期の深刻な抑うつであり、生命危機に迫った救急状況、もしくはその他の治療手法が失敗した場合に検討するとしている<ref name="NICEcg90">{{Cite report|publisher=[[英国国立医療技術評価機構]] |date=2009-08 |title=CG90 - Depression in adults: The treatment and management of depression in adults |url=http://www.nice.org.uk/guidance/CG90/ |at=Chapt.1.10.4 }}</ref>。標準的なうつに対しては繰り返しECTを行ってはならないが、だが複数の薬物治療と心理療法に効果を示さない場合は検討できるとしている<ref name="NICEcg90" />。NICEは、再発性うつ病の予防のため長期のECTを行ってはならない、統合失調症の一般的管理にECTを用いてはならないと勧告しており{{Sfn|英国国立医療技術評価機構|2003|loc=Overview}}、NICEの2009年の成人の抑うつ治療ガイドラインでも同じ立場である{{Sfn|英国医療技術評価機構|2009|p=526}}。

=== 日本国内 ===
日本国内では、[[うつ病]]、[[双極性障害|躁うつ病]]、[[統合失調症]]などの[[精神疾患]](まれに[[パーキンソン病]]などにも)の治療に用いられている。


* [[うつ病]]
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[[1961年]]当時の[[厚生省]][[保険局]]通知「精神科の治療指針」によると適応症として『精神分裂病、躁うつ病、心因反応、反応性精神病。[[神経症]]、[[神経衰弱 (精神疾患)|神経衰弱]]、[[薬物依存症|麻薬中毒]]、[[薬物依存症|覚せい剤中毒]]、[[アルコール依存症|酒精中毒]]性、精神病等』があげられていた。
[[1961年]]当時の[[厚生省]][[保険局]]通知「精神科の治療指針」によると適応症として『精神分裂病、躁うつ病、心因反応、反応性精神病。[[神経症]]、[[神経衰弱 (精神疾患)|神経衰弱]]、[[薬物依存症|麻薬中毒]]、[[薬物依存症|覚せい剤中毒]]、[[アルコール依存症|酒精中毒]]性、精神病等』があげられていた。


==ガイドライン==
== 欠点 ==
[[アメリカ精神医学会]](APA)のECTガイドラインでは{{いつ|date=2018年3月}}、精神病、躁せん妄、緊張病の伴う深刻な抑うつについて早期のECTを実施する明確なコンセンサスがあるとしている。APAの2009年ガイドラインでは予防段階でのECT使用を支持している

2003年の[[英国国立医療技術評価機構]](NICE)のECTガイドラインでは、重症の[[うつ]]、継続する重症の[[躁]]エピソード、[[緊張病]]のみに用いられるべき(should only be used)だとしている{{Sfn|英国国立医療技術評価機構|2003|loc=Overview}}。2009年のガイドラインでは以下である。成人の抑うつに対しては、急性期の深刻な抑うつであり、生命危機に迫った救急状況、もしくはその他の治療手法が失敗した場合に検討するとしている<ref name="NICEcg90">{{Cite report|publisher=[[英国国立医療技術評価機構]] |date=2009-08 |title=CG90 - Depression in adults: The treatment and management of depression in adults |url=http://www.nice.org.uk/guidance/CG90/ |at=Chapt.1.10.4 }}</ref>。標準的なうつに対しては繰り返しECTを行ってはならないが、だが複数の薬物治療と心理療法に効果を示さない場合は検討できるとしている<ref name="NICEcg90" />。NICEは、再発性うつ病の予防のため長期のECTを行ってはならない、統合失調症の一般的管理にECTを用いてはならないと勧告しており{{Sfn|英国国立医療技術評価機構|2003|loc=Overview}}、NICEの成人の抑うつ治療ガイドラインでも同じ立場である{{Sfn|英国医療技術評価機構|2009|p=526}}。

<!--効果が持続せず、2ヶ月程度でなくなってしまう欠点がある<ref name="nutu" />。効果の持続性はどのような事例でも2ヶ月程度なのか?-->
<!--効果が持続せず、2ヶ月程度でなくなってしまう欠点がある<ref name="nutu" />。効果の持続性はどのような事例でも2ヶ月程度なのか?-->


=== 副作用 ===
== 副作用 ==
2001年より、APAは永続的な逆行性(術前の)健忘症に関しての説明を含んだ同意書を強く推奨している<ref name="pmid29270136">{{cite journal|last1=Hengartner|first1=Michael P.|title=Methodological Flaws, Conflicts of Interest, and Scientific Fallacies: Implications for the Evaluation of Antidepressants’ Efficacy and Harm|journal=Frontiers in Psychiatry|volume=8|pages=275|year=2017|pmid=29270136|pmc=5725408|doi=10.3389/fpsyt.2017.00275|url=https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyt.2017.00275/full}}</ref>。混乱はよくあり問題を生じさせず、順行性(術後の)健忘症は数週間から数か月続くことがある<ref name="pmid29270136"/>。自伝的な記憶に関する永続的な逆行性健忘は、1/3の人々に生じうる頻繁かつ重篤な副作用のひとつである<ref name="pmid29270136"/>。
術前の全身状態の評価を適切に行い、電気けいれん療法を行った場合、安全で有効な治療法である。死亡または重度障害の危険は5万回に1回程度であり、出産に伴う危険よりもはるかに低いと報告されている<ref>[http://www.uoeh-u.ac.jp/kouza/seisin/pdf/03etc.pdf ECTの危険性とその発生率 産業医科大学]</ref><ref>[http://www.seijin.org/page/28 無けいれん性通電療法 医療法人社団 成仁]</ref>。米国精神医学会タスクフォースレポートによれば、絶対的な医学的[[禁忌]]といったものも存在しない{{Sfn|日本精神神経学会電気痙攣療法の手技と適応基準の検討小委員会|2002}}。ドイツのゲルト・フーバーによると器質性の脳傷害と重傷の一般的な身体疾患(とりわけ心臓-循環器疾患)を禁忌としている{{Sfn|ゲルト・フーバー|2005|p=168}}。水野昭夫によれば絶対的禁忌として[[頭蓋内圧|頭蓋内圧亢進症]]を挙げている{{Sfn|水野昭夫|2007|p=36}}。


しかし、以下のような副作用が起こることがある。
以下のような副作用が起こることがある。


# 心血管系の障害:筋はけいれんしなくても、通電直後数秒間に[[迷走神経]]を介した[[副交感神経系]]の興奮が生じ、徐脈や心拍停止、血圧の低下を生じることがある。また、[[カテコールアミン]]放出を伴う[[交感神経系]]の興奮が惹起され、[[頻脈]]や血圧上昇、[[不整脈]]などが起こることもある。
# 心血管系の障害:筋はけいれんしなくても、通電直後数秒間に[[迷走神経]]を介した[[副交感神経系]]の興奮が生じ、徐脈や心拍停止、血圧の低下を生じることがある。また、[[カテコールアミン]]放出を伴う[[交感神経系]]の興奮が惹起され、[[頻脈]]や血圧上昇、[[不整脈]]などが起こることもある。
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NICEは、妊娠女性、高齢者、若年者については合併症リスクがより高い(higher risk of complications)ため、注意深くECTを実施すべきだとしている{{Sfn|英国国立医療技術評価機構|2003|loc=Overview}}。
NICEは、妊娠女性、高齢者、若年者については合併症リスクがより高い(higher risk of complications)ため、注意深くECTを実施すべきだとしている{{Sfn|英国国立医療技術評価機構|2003|loc=Overview}}。

===安全性===
死亡または重度障害の危険は5万回に1回程度であり、出産に伴う危険よりもはるかに低いと報告されている<ref>[http://www.uoeh-u.ac.jp/kouza/seisin/pdf/03etc.pdf ECTの危険性とその発生率 産業医科大学]</ref><ref>[http://www.seijin.org/page/28 無けいれん性通電療法 医療法人社団 成仁]</ref>。米国精神医学会タスクフォースレポートによれば、絶対的な医学的[[禁忌]]といったものも存在しない{{Sfn|日本精神神経学会電気痙攣療法の手技と適応基準の検討小委員会|2002}}。ドイツのゲルト・フーバーによると器質性の脳傷害と重傷の一般的な身体疾患(とりわけ心臓-循環器疾患)を禁忌としている{{Sfn|ゲルト・フーバー|2005|p=168}}。水野昭夫によれば絶対的禁忌として[[頭蓋内圧|頭蓋内圧亢進症]]を挙げている{{Sfn|水野昭夫|2007|p=36}}。



== 作用機序 ==
== 作用機序 ==
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== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[精神疾患]] - [[精神医学]] - [[精神医療]]
* [[精神科医]] - [[麻酔科医]]
* [[経頭蓋磁気刺激法]]
* [[経頭蓋磁気刺激法]]



2018年3月8日 (木) 10:27時点における版

Electroconvulsive therapy
治療法
ICD-10-PCS GZB
ICD-9-CM 94.27
MeSH D004565
OPS-301 code 8-630
MedlinePlus 007474
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電気けいれん療法(でんきけいれんりょうほう、電気痙攣療法)は、頭部(両前頭葉上の皮膚に電極をあてる)に通電することで人為的にけいれん発作を誘発する治療法である[1][2]ECT(electroconvulsive therapy)、電撃療法(electroshock theraphy: EST)、電気ショック療法(ES)[3]とも言う。

ECTには大きく分けて、四肢や体幹の筋にけいれんを実際に起こすもの(有けいれんECT)と、筋弛緩剤を用いて筋のけいれんを起こさせないもの(修正型ECT、無けいれんECT)に分類され、用いる電流も「サイン波」型と「パルス波」型に分類できる。

1938年イタリアローマウーゴ・チェルレッティとルシオ・ビニ(Lucio Bini)によって創始された、元は精神分裂病(現在の統合失調症)に対する特殊療法として考案されたものである。日本では1939年九州大学安河内五郎と向笠広次によって創始された。その後、他の疾患にも広く応用されて急速に普及し、精神科領域における特殊療法中、最も一般化した治療法である[4]。作用機序は不明である[5][6]

多くの場合、ECTはインフォームド・コンセントを得たうえで[7]大うつ病躁病緊張病の治療手段として用いられている[8]

適用

日本国内では、うつ病躁うつ病統合失調症などの精神障害(まれにパーキンソン病などにも)の治療に用いられている。

  • うつ病
    重症で自殺の危険が高く緊急を要する場合や、薬物療法を充分行っても症状が改善しない場合、薬物療法の副作用が強い場合など。
  • 躁うつ病
    うつ状態で上記したような問題がある場合や、躁状態で興奮が強く緊急を要する場合など。
  • 統合失調症
    難治性の場合や、抑うつを伴い自殺の危険が強い場合、緊張型の昏迷状態など。
  • パーキンソン病
    気分症状と運動症状の両方にしばしば効果が認められる。薬物抵抗性がある場合、あるいは抗パーキンソン病薬が副作用により使えない場合など、疾患の末期に用いられるのが典型的である。

1961年当時の厚生省保険局通知「精神科の治療指針」によると適応症として『精神分裂病、躁うつ病、心因反応、反応性精神病。神経症神経衰弱麻薬中毒覚せい剤中毒酒精中毒性、精神病等』があげられていた。

ガイドライン

アメリカ精神医学会(APA)のECTガイドラインでは[いつ?]、精神病、躁せん妄、緊張病の伴う深刻な抑うつについて早期のECTを実施する明確なコンセンサスがあるとしている。APAの2009年ガイドラインでは予防段階でのECT使用を支持している

2003年の英国国立医療技術評価機構(NICE)のECTガイドラインでは、重症のうつ病、継続する重症のエピソード、緊張病のみに用いられるべき(should only be used)だとしている[9]。2009年のガイドラインでは以下である。成人の抑うつに対しては、急性期の深刻な抑うつであり、生命危機に迫った救急状況、もしくはその他の治療手法が失敗した場合に検討するとしている[10]。標準的なうつ病に対しては、繰り返しECTを行ってはならないが、だが複数の薬物治療と心理療法に効果を示さない場合は検討できるとしている[10]。NICEは、再発性うつ病の予防のため長期のECTを行ってはならない、統合失調症の一般的管理にECTを用いてはならないと勧告しており[9]、NICEの成人の抑うつ治療ガイドラインでも同じ立場である[11]


副作用

2001年より、APAは永続的な逆行性(術前の)健忘症に関しての説明を含んだ同意書を強く推奨している[12]。混乱はよくあり問題を生じさせず、順行性(術後の)健忘症は数週間から数か月続くことがある[12]。自伝的な記憶に関する永続的な逆行性健忘は、1/3の人々に生じうる頻繁かつ重篤な副作用のひとつである[12]

以下のような副作用が起こることがある。

  1. 心血管系の障害:筋はけいれんしなくても、通電直後数秒間に迷走神経を介した副交感神経系の興奮が生じ、徐脈や心拍停止、血圧の低下を生じることがある。また、カテコールアミン放出を伴う交感神経系の興奮が惹起され、頻脈や血圧上昇、不整脈などが起こることもある。
  2. 認知障害:通電直後に生じ、見当識障害、前向性健忘(以前の記憶はあるが、ECT後の出来事などが覚えられなくなる)や逆行性健忘(新しいことは覚えられるが、以前の記憶、特にECT施行直前の記憶がなくなっている)が見られることがある[13]。老人に頻度が高い。多くは時間とともに回復する。失見当識・前向性健忘は比較的短時間に回復し、逆行性健忘は回復が緩徐である。また、そのまま認知機能の低下が遷延するという例も少数だが報告されている[14]。なおオウム真理教の修行の一つであるニューナルコはこの副作用を応用したもの。
  3. 躁転:時に多幸的・脱抑制・易刺激性を伴う。双極性障害患者において特に躁転する頻度が高い。
  4. 頭痛:45%程度の患者が自覚するとされている。拍動を伴う前頭部痛を示す事が多い。電極配置や刺激強度などとは関連しない。

NICEは、妊娠女性、高齢者、若年者については合併症リスクがより高い(higher risk of complications)ため、注意深くECTを実施すべきだとしている[9]

安全性

死亡または重度障害の危険は5万回に1回程度であり、出産に伴う危険よりもはるかに低いと報告されている[15][16]。米国精神医学会タスクフォースレポートによれば、絶対的な医学的禁忌といったものも存在しない[17]。ドイツのゲルト・フーバーによると器質性の脳傷害と重傷の一般的な身体疾患(とりわけ心臓-循環器疾患)を禁忌としている[18]。水野昭夫によれば絶対的禁忌として頭蓋内圧亢進症を挙げている[19]


作用機序

ECTは1930年代から実施されているが、その作用機序について広く受け入れられている理論は現時点では存在していない[5]

使用法

独シーメンス社が製造したECT装置(1960年)

2001年には、年間およそ1000万人がECTを受けたと推測されている[20]

事前に処方薬の調整を行う。リチウムは脳内濃度が上昇する可能性があるので中止、抗てんかん薬はけいれんを生じにくくするので中止、ベンゾジアゼピン系薬物もけいれんを生じにくくさせるので減量、抗うつ薬は術中不整脈を起こす危険性を高める可能性があるので中止。なお抗精神病薬は原則として中止する必要はない[21]

患者が短時間麻酔剤の注射により入眠すると、筋弛緩剤が注射され、約30秒〜1分後に900mA、パルス幅0.25〜1.5msecのパルス波電流を1〜8秒間こめかみまたは前額部などに通電する。通電条件は、従来までは投与電気量を指定する以外は装置の内蔵プログラムに従っていたが、最近では患者個々の生物物理学的な特性にあわせて設定を変更する試みもなされるようになった[22][23]。なお、一般にECTを繰り返し行うとけいれん波は生じにくくなり(しばしば「けいれん閾値が上昇した」と表現される)、投与電気量を多くしなければならないと考えられている[24]

少数の患者は6セッション以下でも治療に反応するが、大部分の患者は6-12セッションの範囲である[25]。たいていは週に2セッション実施される[25]

各セッションの終了後には、毎回必ず再アセスメントを実施すべきである[9]。副作用が発生した場合、または患者が治療離脱を申し出た場合には、ただちに治療を中止すべきである[9]

英国において、ECTの6セッションに要する費用は2,475ポンドとされる(入院費用は含まない)[26]

社会的状況

世界保健機関の2005年の勧告では、ECTは患者本人もしくは家族、もしくは保護責任者からインフォームド・コンセントを経た場合のみに限って使用すべきとしている[27]

勧めない、廃止を訴える精神科医

療法自体を勧めないまたは廃止を訴える精神科医もいる。時間の流れに沿った治療プロセスを省略し、または薬物療法で行き詰まり、その内容の是非を医療者として検証しないうちに安易にこの療法を選択する可能性がありえる。それが医療現場の荒廃につながり、結果として治療を受ける者を苦しめるからとの理由で勧めていない場合がある[28]

薬物療法との比較する形でこの療法を治療手段として行わない理由が以下が2006年に紹介されている[29]

  1. 体験の連続性を破壊する。
  2. 服薬はそれ自体が体験であり、しばしば好ましい体験であり、関与的に観察できる電撃は当人の体験とはなりえない。
  3. 薬物は納得ずくで服用し、治療者が微調整でき、患者が異議を申し立て、両者間に相互のフィードバックができる。患者と治療者も進歩しうる。電撃は悉無律(しつむりつ;全か無かの法則)に従い、かつ患者からのフィードバックは通常ない。
  4. 薬物は本人および家族に治療への参加感を与える。電撃は彼らを蚊帳の外に置く。
  5. 電撃は精神科医の人格に影響を与える。無感覚になるか神経衰弱になるかは別として。看護師についても同様。

創始者自身であるはずのウーゴ・ツェルレッティも廃止を訴えた[30]

こうした見解は一般化できるものではないが、ECTは頻回の全身麻酔を伴うリスクもあり費用も高い。昏迷状態やがん末期の抑うつ状態で経口服用できない場合など、重症例や緊急性の高い症例に適応を限定している医師は多い。

再評価

薬物療法に対して電気けいれん療法の利点として比較的即効性であることによる社会復帰のしやすさや、薬による依存性・中毒性がないこと、ECT高いとされていたリスクや費用も長期の薬物治療と比較して低いことなどが明らかになり、また無けいれん電気けいれん療法の開発、パルス波通電装置の開発などの電気けいれん療法自体の改良が行われたことにより、現在では再び治療において重要な地位を占めるようになっている[2]

無けいれん電気けいれん療法(修正型電気けいれん療法)

電気けいれん療法は、脳内でてんかん発作の電気活動を起こすことによって効果を得るのが本質である。それに伴って起こる全身のけいれんは、患者の状態によっては血圧を上昇させるなどの循環状態への影響、骨折の危険を伴うことがある。そのため、循環器に疾患のある患者や、高齢その他の理由で骨折するおそれがある患者には筋弛緩剤で筋を弛緩させて、麻酔科医人工呼吸等を含めた呼吸管理、循環動態の観察を行いながら頭部に通電する「無けいれん電気けいれん療法」が行われることもある。
無けいれん電気けいれん療法は、修正型電気けいれん療法、またm-ECT(modified electroconvulsive therapyの略)とも呼ばれる。

ただし、精神科だけの単科の病院では、麻酔科医の確保が不可能に近いので、現在のところ実施が困難である。だが、例えば東京都の成仁病院は麻酔科医からトレーニングを受けた精神科医が麻酔を施行することでこの問題を解消することを提案している[31]。一方、大学病院など総合病院では、各診療科医がいてすぐに緊急時の対処が可能な条件下で、手術に準じて手術室もしくは専用の処置室で行われている。薬剤や人員が必要になるため通常の電気けいれん療法よりもコストが高くなる欠点がある。

「サイン波」から「パルス波」電流へ

以前より、日本においては「サイン波」(送電線を流れている電流を変圧しただけのもの)による通電が行われていたが、これは日本国外で用いられていた「パルス波」の電流に比べて認知障害などの副作用が大きいことが知られている。そのため、2002年にパルス波型の通電装置「サイマトロン」が日本でも認可された。パルス波の方が必要なエネルギーが少なくて済むため、認知障害などの副作用が少なく安全性も高い。 なお、現在、サイン波刺激装置は日本では生産中止となっている。その後もメーカーによるサポートは継続していたが、近々、打ち切りになることが確定している。これまで、副作用の点ではパルス波に軍配があがるが、けいれん誘発性の点ではサイン波の方が勝っているとされてきた。ガイドラインでもパルス波でけいれん誘発に失敗したとき、サイン波を使うというアルゴリズムになっていた。現状でいくとこのアルゴリズム自体が破綻することになるが、これを回避する方法論が日本の精神科医によって提案されている[32]

歴史

19世紀後半に登場したドイツ大学精神医学は、当時の精神疾患の進行性麻痺などの梅毒感染症で占められていた事情があった。

1913年野口英世によって進行性麻痺患者から、梅毒の病原菌「スピロヘータ・パリーダ」の分離に成功し、進行麻痺は脳の梅毒であることを確定させた。

それを元に1917年1919年、ヴァーグナー・ヤウレッグによる進行麻痺患者に対し、マラリア発熱療法を創始した[33]。ここから精神科の本格的なショック療法が始まる。

1933年、ポーランドのマンフレート・ザーケルが低血糖ショックを起こさせて治療(ただし死亡例が多かった。インスリン#歴史インスリン・ショック療法を参照)、1937年にはハンガリーのラディスラス・J・メドゥナ(Ladislas J. Meduna)が薬物を用いて人工的にけいれん発作を作ることで統合失調症患者の治療に成功した (カルジアゾール・ショック療法)。

当時、てんかん患者は統合失調症を合併しないと信じられており、これは「てんかん発作には精神病を予防・治療する効果があるのではないか」という着想のもとに行われた[2]

この結果を受けて1938年イタリアのウーゴ・ツェルレッティとルシオ・ビニは、電気を用いてけいれんを起こすことに成功した。それまでのけいれん誘発剤より治療効果が高かった一方、記憶障害やもうろう状態を引き起こすとして最初から賛否両論がある[34]

開発者は電気でけいれんをおこすことに興味を抱いていたが、人に使うには安全性を心配していたという。けいれんを起こすほど人間に電気を流すは危険なものと考えていた。実際、実験に使った動物がしばしば死亡をしていた。理由は電極肛門に置いていたからであった。電極の設置場所を頭の両側にしたところ、実験動物は死ななくなった。その後、食肉工場へ行き豚が屠殺される前に同様にすると意識を失うことを観察し、イヌで実験を繰り返し、うつ病や統合失調症(旧 精神分裂病)の患者に適用するために改良していく。最初の人間の実験台はローマ駅をうろついていた統合失調症の患者であった。この方法を11回行ったあとエンジニアとして職場に復帰した[35]

薬物療法の開発と衰退

その後、この療法は世界各地で行われ、1952年にフェノチアジン(クロルプロマジン)が開発、効果が発見されるまで、精神疾患治療法の花形であった。しかし、その後様々な抗精神病薬抗うつ薬気分安定薬などの開発により使用される頻度は、次第に減少していくこととなった。

また、一部の精神科病院では、指示に従わない患者に対して、懲罰として「電気けいれん療法を行っていた」ことが明らかになり、人権蹂躙の社会問題として大きく取り上げられ、その傾向に拍車をかけることとなった。

ソ連においては、共産主義に反対するものは精神に異常をきたしているためにそれが理解できないのであり、統合失調症であるとしてKGB(ソ連国家保安委員会)により精神病院に強制入院させ、治療と称して電気けいれん療法を実行していた。実質的に体制に反対するものへの弾圧恐怖政治の手段として利用されていた。このためもあってこの療法に対して強い嫌悪感や反感を抱くものは少なくない。[要出典]

現在の治療

電気けいれん療法の安全性や即効性が見直されたことや電気けいれん療法自体の改良が行われたことにより、現在では再び治療において重要な地位を占めるようになっている[2]

出典

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  9. ^ a b c d e 英国国立医療技術評価機構 2003, Overview.
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  29. ^ 引用・抜粋先は「精神科治療学・第8巻・第4号・1993年4月)
  30. ^ トンデモ陰謀大全最新版 アル・ハイデル, ジョン・ダーク 著, 北田浩一 訳 成甲書房 2006年 ISBN 9784880861913 p121-122
  31. ^ 第105回日本精神神経学会1-D-14 修正型電気けいれん療法(mECT)に麻酔科医は必置か?
  32. ^ advanced ECT techniques
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  34. ^ 医学が歩んだ道 フランク・ゴンザレス・クルッシ(著) 堤理華(訳) 武田ランダムハウスジャパン 2008年 ISBN 9784270003657 p275
  35. ^ セレンディピティと近代医学―独創、偶然、発見の100年 モートン・マイヤーズ (著)、小林力 (訳) 中央公論新社 2010年 ISBN 9784120041037 p295-297

参考文献

臨床ガイドライン

その他

  • 前進友の会『懲りない精神医療電パチはあかん!!』千書房、2005年。ISBN 9784787300423 
  • 水野昭夫『脳電気ショックの恐怖再び』現代書館、2007年。ISBN 9784768469507 
  • ゲルト・フーバー 著、林拓二 訳『精神病とは何か―臨床精神医学の基本構造』新曜社、2005年。ISBN 9784788509658 
  • 笠陽一郎『精神科セカンドオピニオン―正しい診断と処方を求めて 誤診・誤処方を受けた患者とその家族たち』シーニュ、2008年。ISBN 9784990301415 
  • Charles H. Kellner , Mark D. Beale, John T. Pritchett , C.Edward Coffey 著、沢温, 阪尾学, 西浦竹彦, 扇谷嘉成, 戸島覚, 古野毅彦 訳『ECTハンドブック』星和書店、2004年。ISBN 4791105222 
  • 医学が歩んだ道 フランク・ゴンザレス・クルッシ(著) 堤理華(訳) 武田ランダムハウスジャパン 2008年 ISBN 9784270003657
  • セレンディピティと近代医学―独創、偶然、発見の100年 モートン・マイヤーズ (著)、小林力 (訳) 中央公論新社 2010年 ISBN 9784120041037
  • ビタミンB-3の効果―精神分裂病と栄養療法 エイブラム ホッファー (著), Abram Hoffer (原著), 大沢 博 (翻訳) 世論時報社 (2001/04)

関連項目

外部リンク