雲仙市立吾妻中学校
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雲仙市立吾妻中学校 | |
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北緯32度50分14秒 東経130度11分37秒 / 北緯32.83725度 東経130.193722度座標: 北緯32度50分14秒 東経130度11分37秒 / 北緯32.83725度 東経130.193722度 | |
過去の名称 |
吾妻村立吾妻中学校 吾妻町立吾妻中学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 雲仙市 |
併合学校 |
吾妻村立守山中学校 吾妻村立山田中学校 |
校訓 | ともに学び ともに創り ともに輝く |
設立年月日 | 1956年(昭和31年)9月1日 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | C142210000954 |
所在地 | 〒859-1106 |
長崎県雲仙市吾妻町大木場名190番地1 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
雲仙市立吾妻中学校(うんぜんしりつ あづまちゅうがっこう)は、長崎県雲仙市吾妻町大木場名にある公立中学校。
概要
[編集]- 歴史
- 1947年(昭和22年)の学制改革の際に新制中学校として創立された「守山中学校」と「山田中学校」の2校が統合されて、1956年(昭和31年)に「吾妻村立吾妻中学校」となった。2011年(平成23年)に創立55周年を迎えた。
- 校訓
- 「ともに学び ともに創り ともに輝く」
- 学校教育目標
- 「敬い、鍛え、学び合い、心身ともに豊かでたくましい生徒の育成」
- 校章
この節の加筆が望まれています。 |
- 校歌
- 作詞は島内八郎、作曲は木野普見雄による。歌詞は4番まであり、各番に校名の「吾妻校」が登場する。一般に歌われるのは2番までであり、3・4番はあまり知られていない[要出典]。
沿革
[編集]- 前史(旧・守山中学校)
- 1947年(昭和22年)
- 1949年(昭和24年)3月12日 - 中学校新校舎が完成し移転を完了(同年3月20日に落成式を挙行)。
- 1954年(昭和29年)4月1日 - 守山村と山田村が合併して「吾妻村」が発足。これに伴い「吾妻村立守山中学校」に改称。
- 1956年(昭和31年)8月31日 - 吾妻村立山田中学校との統合により閉校(廃校式を挙行)。
- 前史(旧・山田中学校)
- 1947年(昭和22年)
- 1948年(昭和23年)4月10日 - 中学校新校舎が完成し移転を完了(同年10月19日に落成式を挙行)。
- 1954年(昭和29年)4月1日 - 守山村と山田村が合併して「吾妻村」が発足。これに伴い「吾妻村立山田中学校」に改称。
- 1956年(昭和31年)8月31日 - 吾妻村立守山中学校との統合により閉校(廃校式を挙行)。
- 統合・吾妻中学校
- 1956年(昭和31年)
- 1957年(昭和32年)
- 1961年(昭和36年)9月21日 - 理科室と技術室が完成。
- 1963年(昭和38年)4月1日 - 吾妻町の発足により「吾妻町立吾妻中学校」に改称。
- 1966年(昭和41年)10月16日 - 創立10周年を記念してPTAにより中庭が整備される。
- 1968年(昭和43年)9月5日 - 運動場散水施設が完成。
- 1972年(昭和47年)2月13日 - 町営の武道館(現・雲仙市吾妻武道館)が校地内に完成。
- 1974年(昭和49年)5月30日 - 運動場の緑化作業を実施。
- 1976年(昭和51年)
- 1977年(昭和52年)11月21日 - 教育相談室を設置。
- 1978年(昭和53年)
- 1979年(昭和54年)
- 1980年(昭和55年)11月28日 - 屋外掲示板を設置。
- 2005年(平成17年)10月11日 - 雲仙市の発足により、「雲仙市立吾妻中学校」(現校名)に改称。
- 2022年(令和4年)11月1日 - 校則変更。冬服スカートの吊りひもを廃止(吊りスカート→スカートへの変更)、靴下の選択色を増やす。[1]
部活動
[編集]- 運動部
- 文化部
- 吹奏楽部
交通アクセス
[編集]- 最寄りの鉄道駅
- 最寄りのバス停
- 島鉄バス「吾妻駅前」バス停
- 最寄りの国道
- 国道251号(島原街道)
周辺
[編集]- 雲仙市吾妻体育館
- 雲仙市吾妻武道館
- 吾妻中便局
- 雲仙市商工会吾妻支所