氷上英廣

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氷上 英廣
人物情報
生誕 (1911-04-10) 1911年4月10日
日本の旗 日本東京都
死没 1986年9月16日(1986-09-16)(75歳)
出身校 東京帝国大学
子供 氷上信廣(教育者)
学問
研究分野 文学(ドイツ文学)
研究機関 東京大学
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氷上 英廣(ひがみ ひでひろ、1911年4月10日 - 1986年9月16日)は、日本ドイツ文学者東京大学名誉教授ドイツ文学比較文学比較文化専攻。

略歴[編集]

1911年、東京生まれ。府立一中四修、一高文乙を経て、1933年東京帝国大学文学部卒業。

1936年、旧制甲南高等学校。1946年、一高教授を務める。戦後の1950年に新制・東京大学教養学部助教授就任。1957年に教授。1960年から1年間、マールブルク大学文部省在外研究生として派遣される。1969年より、大学院比較文学比較文化専攻課程主任教授。1972年、東京大学を定年退官し、以降は武蔵大学教授として教鞭をとった。1982年に同校も退職。

人物[編集]

一高時代は文芸部委員となって中島敦らと親交があり、中島にカフカを奨めたという[1]。お互いに作品を校友会雑誌に作品を発表しあっていた。のち『中島敦全集』を編纂し、詳しい解説を書いた。吉田健一とも親交があり、『東京の昔』の帝大生・古木君のモデルとされる[2]

家族・親族[編集]

著書[編集]

  • 『ニーチェの問題』創元社 1948
  • 『ニイチェ 運命と意志』新潮社 1949
  • 『ニーチェの顔』岩波新書 1976
  • 『大いなる正午 ニーチェ論考』筑摩書房 1979
  • 『ニーチェとその時代』岩波書店 1988
  • 『ニーチェとの対話』岩波書店 1988
  • 『ニーチェの顔 他十三篇』岩波文庫 2019。三島憲一

翻訳[編集]

編著[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 氷上英廣「中島のこと」(田鍋 1989, pp. 206–208)
  2. ^ 長谷川郁夫『吉田健一』新潮社、2014年、592-593頁。 

参考文献[編集]

  • 田鍋幸信編著『中島敦・光と影』新有堂、1989年3月。ISBN 978-4880330136