ピッツフィールド・コロニアルズ
ピッツフィールド・コロニアルズ | |
---|---|
創設 | 1998年 |
解散 | 2011年 |
所属リーグ | |
| |
歴代チーム名 | |
| |
本拠地 | |
| |
収容人員 | 4,300人 |
| |
永久欠番 | |
不明 | |
獲得タイトル | |
リーグ年間優勝(3回) | |
2003, 2005, 2007 | |
成績(タイトル以外) | |
球団組織 |
ピッツフィールド・コロニアルズ(Pittsfield Colonials)は、プロ野球独立リーグのカナディアン・アメリカン・リーグに加盟していた野球チーム。本拠地は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州ピッツフィールド。
2008年までの名称はナシュア・プライド(Nashua Pride)、2009年の名称はアメリカン・ディフェンダーズ・オブ・ニューハンプシャー(American Defenders of New Hampshire)。ニューハンプシャー州ナシュアのホルマン・スタジアムを本拠地としていた。
歴史
[編集]1998年にチーム創設。同年から2005年まではアメリカの独立リーグであるアトランティックリーグに所属し、2000年にはリーグ優勝を達成。
2006年7月29日のホームゲームでは、地元ニューハンプシャー州出身のアルペンスキー選手ボード・ミラーが選手として試合に出場した(2007年8月、2008年7月にも再び出場)。
2007年1月、近鉄、オリックスでプレーした岡本晃が入団した。同年、同じく日本人投手の長坂秀樹が入団した。長坂と岡本は先発の軸として活躍(岡本9勝2敗、長坂10勝1敗)し、チームは見事優勝を飾った。
ナシュア・プライドはボストン・レッドソックスと同じニューイングランド地方にあり、レッドソックスが2006年オフに松坂大輔を獲得した後、ナシュア・プライドも日本人の岡本を獲得。2007年シーズン開始前、ナシュア・プライドのジョン・スタバイル2世オーナーがレッドソックスのジョン・ヘンリーオーナーと「松坂と岡本の勝ち星はどっちが多いか」との賭けをもちかけた。岡本が勝てば勝利数分のフェンウェイ・パーク内高級クラブ席での無料観戦を要求し、松坂が勝てばフェンウェイ・パークをフロント全員で掃除するとブチ上げた。結果は松坂が13勝(9月時点、最終的に15勝)で、全日程終了した岡本は9勝と、松坂の勝ちが確定したため、球団フロント全員でフェンウェイ・パークを掃除すると約束した。
2011年オフ、20万ドルの融資枠を確保できなかったことでオーナー会議でリーグを脱退させられ、チームは解散した[1]。
過去に所属していた選手
[編集]- ルイス・アキーノ(1998、元:近鉄)
- ブレンダン・ドネリー(1999)
- ホセ・マラベ(1999 - 2002、元:横浜)
- ピート・インカビリア(2000、元:千葉ロッテ)
- ウィル・フリント(2000、元:大阪近鉄)
- ジミー・ハースト(2001、2005、元:広島)
- エンリケ・ラミレス(2003、元:中日)
- ジョニー・ラフィン(2003、元:近鉄)
- メルビン・ニエベス(2003、元:福岡ダイエー)
- ダンテ・ビシェット(2004)
- オーランド・ミラー(2005)
- 岡本晃(2007、元:近鉄、オリックス)
- 長坂秀樹(2007)
- 矢野英司(2007 - 2008、元:横浜、近鉄、東北楽天)
- イスマエル・カストロ (2009)
- マット・ホワイト(2010、元:横浜)
脚注
[編集]- ^ “Pittsfield Colonials are no more: Can-Am League rescinds franchise's membership”. The Berkshire Eagle (2011年10月4日). 2021年11月22日閲覧。