岩瀬 (松戸市)
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岩瀬 | |
---|---|
松戸簡易裁判所 | |
北緯35度46分56.9秒 東経139度54分23.3秒 / 北緯35.782472度 東経139.906472度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 千葉県 |
市町村 | 松戸市 |
人口 | |
• 合計 | 4,308人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
271-0076[2] |
市外局番 | 047[3] |
ナンバープレート | 松戸 |
岩瀬(いわせ)は、千葉県松戸市の地名。郵便番号は271-0076[2]。
地理
松戸市の南東部、東日本旅客鉄道(JR東日本)常磐線・新京成電鉄新京成線の松戸駅の東側に広がる。松戸中央公園などがある辺りは高台になっており、プラーレ松戸(イトーヨーカ堂松戸店)との連絡通路がプラーレの4階部分に繋がっていて、近隣との地形の高低差がある。この辺りの地域については相模台といわれる[4]。
主に松戸中央公園や聖徳大学のある旧松戸競馬場→陸軍工兵学校跡の地域と住宅街が広がる地域に分かれる。
北側は小根本、緑ヶ丘、東側は胡録台、野菊野、松戸新田、南側と西側は松戸と接している。胡録台に岩瀬の飛び地がある。
また、岩瀬無番地という住所があり、千葉家庭裁判所松戸支部と松戸簡易裁判所が所在する(郵便番号はどちらも271-8522[5][6])。
歴史
岩瀬村誌によれば、1249年(建長元年)房総三カ国の守護職であった北条長時が岩瀬村に城を築き、その後1326年(嘉暦元年)に北条相模守高時が出家して岩瀬城に永らく住んだ。そのため付近の高台は相模台と言われるようになった。高時は1333年(正慶二年)に上野国で挙兵した新田義貞に攻められて鎌倉の東勝寺で自決し、この時に岩瀬城も落城した。その後、芳賀兵衛入道禅可や新田義徳などが住み、相模台一帯にはその間の合戦による犠牲者を葬った大小の塚が多数あった[7]。
世帯数と人口
2019年(令和元年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
大字 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
岩瀬 | 2,225世帯 | 4,308人 |
岩瀬無番地 | - | - |
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[8]。(詳しい番地については小中学校通学区域を参照のこと)
大字 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|---|
岩瀬 | 一部 | 松戸市立相模台小学校 | |
614番地~621番地 | 松戸市立柿ノ木台小学校 | ||
306番地~334番地、613番地 | 松戸市立和名ケ谷小学校 | ||
613番地~619番地を除いた地域 | 松戸市立第一中学校 | ||
613番地~619番地 | 松戸市立和名ケ谷中学校 |
交通
鉄道路線は地区内には走っていない。最寄り駅は東日本旅客鉄道(JR東日本)常磐線・新京成電鉄新京成線の松戸駅。
バス
道路
一般国道
主要地方道
一般県道
施設
司法・行政
教育
- 聖徳大学
- 聖徳大学短期大学部
- 聖徳大学附属幼稚園
- 松戸市立第一中学校
- 松戸市立相模台小学校
その他
脚注
- ^ a b “7.町丁字別、年齢5歳階級別人口”. 松戸市. 2020年9月18日閲覧。
- ^ a b “千葉県 松戸市 岩瀬の郵便番号 - 日本郵便”. www.post.japanpost.jp. 2020年9月17日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2020年9月11日閲覧。
- ^ “松戸の城跡を訪ねて(2)”. 松戸よみうり. 2020年9月19日閲覧。
- ^ “千葉家庭裁判所松戸支部 | 裁判所”. www.courts.go.jp. 2020年9月19日閲覧。
- ^ “千葉地方裁判所松戸支部松戸簡易裁判所 | 裁判所”. www.courts.go.jp. 2020年9月19日閲覧。
- ^ 松戸の寺・松戸の町名の由来・松戸の昔ばなし, 松戸新聞社, (1994年4月1日), p. 98, Wikidata Q27800484
- ^ “あ行(町名)”. www.city.matsudo.chiba.jp. 2020年9月17日閲覧。
- ^ “松戸新京成バス 路線案内図”. 新京成電鉄. 2020年9月19日閲覧。
- ^ “経世塚”. www.city.matsudo.chiba.jp. 2020年9月19日閲覧。