ジャガー・XJR-17
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コンストラクター | トム・ウォーキンショー・レーシング (TWR) |
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デザイナー | イアン・リード |
主要諸元 | |
シャシー | カーボンコンポジット・モノコック |
サスペンション(前) | ダブルウィッシュボーン プッシュロッド |
サスペンション(後) | ダブルウィッシュボーン プッシュロッド |
全長 | 4,800 mm |
全幅 | 2,000 mm |
全高 | 1,100 mm |
ホイールベース | 2,794 mm |
エンジン | XJ220E 2,991 cc V6 NA ミッドシップ |
トランスミッション | マーチ VG 5(6)速 |
重量 | 750 kg |
主要成績 |
ジャガー・XJR-17は、1991年にIMSA-GTPライト(通称キャメル・ライト)参戦用にトム・ウォーキンショー・レーシング(TWR)が製作したプロトタイプレーシングカーである。しかし、参戦計画そのものが消滅したため、IMSA-GTPライトには一度も出走していない。
概要
[編集]モノコックはジャガー・XJR-16のものが流用され、これにジャガー・XJR-14によく似たウイング付きノーズが組み合わされていた。リアウイングはシンプルな一枚のものだった。
エンジンはXJR-16の物を元にした排気量3.5リットル[1]のV型6気筒自然吸気である。
TWRはスポーツカー世界選手権(SWC)からはスポンサーの離脱もあり1991年限りで撤退した。IMSA-GTPへの参戦は1992年も続いたが新たな計画であるGTPライト参戦は実現せず、IMSA-GTP参戦自体も1993年の開幕戦までだった。
1992年にRMモータースポーツはSWCのプライベーター向けカテゴリーであるFIAカップに参戦するためにTWRからXJR-17を購入するが、参戦資金のめどが立たず、参戦は中止された。
1993年にはSWC自体が消滅し、RMモータースポーツは使い道の無くなったXJR-17をコレクターに売却した。その後XJR-17はヒストリックカーのイベントなどに参加している。その際のカラーリングは本来の主戦場となるはずだったIMSA-GTPに参戦していたTWRジャガーのようなバド・ライトカラーだった。
参考文献
[編集]- 『レーシングオンNo.472 Jaguar's C特集号』三栄書房ISBN 978-4-7796-2237-3
脚注
[編集]- ^ 排気量3.5リットルという数字は参考文献に基づくが、GTPライト車両だった当時は3.0リットルのはずである。3.5リットルはSWCのFIAカップ車両の排気量である。