鹿児島県立川辺高等学校

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鹿児島県立川辺高等学校
Kagoshima Kawanabe High School.JPG
過去の名称 鹿児島県第四中学校
鹿児島県立川辺中学校
川辺村立実科高等女学校
鹿児島県立川辺高等女学校
国公私立の別 公立学校
設置者 鹿児島県の旗鹿児島県
学区 南薩学区
校訓 自律・端正・積極・公徳
設立年月日 1900年
共学・別学 共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 46118A
所在地 897-0221
公式サイト 鹿児島県立川辺高等学校 _ 鹿児島県立
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鹿児島県立川辺高等学校(かごしまけんりつ かわなべこうとうがっこう)は、鹿児島県南九州市川辺町田部田にある県立高等学校。略称・通称は「辺高(なべこう)」。2011年度より、揖宿学区と合併し南薩学区となる。

概要[編集]

前身[編集]

  • 県立第四中学校 → 県立川辺中学校(1900年設立)
  • 川辺村立実科高等女学校 → 県立川辺高等女学校(1915年設立)

校風を表す言葉[編集]

  • 神戈陵精神

座右の銘[編集]

  • 弘毅正大心
  • 競進期優越
  • 不断刺我新
  • 忠実奮自学
    • 制定時期不詳。旧制川辺中学であった大正7年頃には講堂正面に掲げられていた。全校生徒が学生生活の指針として朝礼で斉唱する。神戈陵精神の中核という位置づけである。

校章[編集]

1948年9月、公募で決定。当時の在校生によるもので、月桂樹とペンを組み合わせて図案化したもの。理想を目指す若い学徒の栄光を讃えた月桂樹の群葉を三方に伸ばし、知・徳・体の偏りのない成長を目指し、それに学問の象徴としてのペンを配することで、学習、修養、鍛錬を表している。

スクールカラー[編集]

濃紺

進路[編集]

国公立大・短大、私立大学・短大、各種専門学校へ進学する。就職希望者もいる。

その他[編集]

県内唯一の「なぎなた部」がある。

沿革[編集]

鹿児島県立川辺中学校[編集]

鹿児島県立川辺高等女学校[編集]

  • 1915年3月21日 鹿児島県川辺村立実科高等女学校設立認可(修業年限2年)。
  • 1915年4月23日 開校式挙行
  • 1922年3月31日 修業年限3年に変更認可。
  • 1930年9月19日 鹿児島県川辺実科高等女学校と改称。
  • 1943年3月31日 鹿児島県川辺町立川辺高等女学校と改称。
  • 1945年3月6日 鹿児島県立川辺高等女学校と改称。

鹿児島県立川辺高等学校[編集]

  • 1948年4月1日 学制改革に伴い鹿児島県川辺高等学校第一部(旧中)および第二部(旧高女)設立
  • 1948年4月24日 川辺町立高等学校定時制を併設、本科(農業科・家庭科)別科(建築科)を設置
  • 1949年4月1日 第一部・第二部を合併、全日制普通科・家庭科を設置
  • 1950年4月1日 町立川辺高校(定時制)を県立移管、定時制3科を統合、別科建築科の生徒募集停止
  • 1950年11月17日 創立50周年記念事業として校歌を制定。
  • 1954年4月1日 定時制農業科募集停止。
  • 1955年4月1日 定時制家庭科を前期課程とする。
  • 1956年4月1日 鹿児島県立川辺高等学校と改称。
  • 1958年4月1日 家庭科前期課程募集停止。
  • 1960年4月26日 創立60周年記念事業でプールが落成。
  • 1976年4月1日 家政科廃止、寄宿舎廃止。
  • 2000年5月10日 文部省(当時)指定研究開発校となる。

主な行事[編集]

  • 神戈陵塾:同窓生による講義。
  • 神戈陵学Ⅰ:大学や民間の研究者による出前講義、郷土学習、県内大学訪問(1年次)。
  • 神戈陵学Ⅱ:大学や民間の研究者による出前講義、県外大学訪問(2年次)。
  • 33km遠行

出身者[編集]

※五十音順に掲載

関連項目[編集]

外部リンク[編集]