高畠城 (出羽国)

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高畠城
山形県
別名 鐘ヶ城
城郭構造 平城
築城主 樋爪季衡
主な城主 樋爪氏、伊達氏、春日氏(上杉氏)
遺構 水堀
位置 山形県東置賜郡高畠町高畠大字古城ノ内

高畠城(たかはたじょう)は、出羽国置賜郡(現・山形県東置賜郡高畠町)高畠大字古城ノ内に存在した日本の城平城)。高畑城とも記される。別名「鐘ヶ城」。

概要[編集]

南北朝から戦国時代にかけ伊達氏の支配下にあり、212年間統治した。江戸時代には米沢藩の支城[1]であったが、1689年(元禄2年)から幕府直轄になったり上杉家の預かりとなったりした。1866年(慶応2年)、高畠城を含む屋代郷は全部上杉領となる。

遺構・復元施設[編集]

  • 「高畑城址」石碑
  • 三の丸堀跡 - 水堀が残る。
  • 土塁跡

周辺施設・関連資料ほか[編集]

  • 妙国寺 - 織田氏菩提寺。
  • 資福寺跡 - 境内に伊達輝宗及び遠藤基信の墓がある。
  • 阿久津八幡神社 - 県指定文化財。
  • 高畠城絵図 - 高畠町郷土資料館所蔵。

支城[編集]

南北朝から戦国[編集]

  • 屋代館、志田館、塩森館、亀岡館、館ヶ崎館 - 伊達氏の諸城。

江戸時代[編集]

  • 高畠陣屋 - 高畠藩織田氏の陣屋。高畠(屋代郷)のうち6村のみ(4千石余)を支配。はじめ高畠城の縄張り内に置いたが、のち糠野目に移された[2]。文政9年(1826年)に2度目の焼失で城内に戻り再建されなかった。
  • 柏倉陣屋 - 幕府直轄。高畠(屋代郷)のうち10カ村を支配。高畠が上杉氏の支配となったのち、村山の飛び地を治める佐倉藩堀田氏の陣屋になる。

交通[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 他に館山城鮎貝城小国城中山城荒砥城(館山城を除く4城はのちに「役屋」に改称)の支城があった。幕末の加増により高畠城が米沢藩に正式に追加。
  2. ^ 高畠町観光協会「まほろばの里 たかはた」ほか

関連項目[編集]