金正哲

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キム・ジョンチョル
金 正哲
김정철
生誕 (1981-09-25) 1981年9月25日(37歳)
別名 パク・チョル
出身校 金日成軍事大学
政党 朝鮮労働党
金正哲
各種表記
ハングル 김정철
漢字 金正哲
発音 キム・ジョンチョル
日本語読み: : きん せいてつ
: きん しょうてつ
ローマ字 Kim Chŏngch'ŏl
英語表記: Kim Jong-chol
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金 正哲(キム・ジョンチョル、1981年9月25日[1] - )は、北朝鮮の第2代最高指導者金正日の次男。母は大阪鶴橋生まれの在日朝鮮人二世で、帰国した高英姫。同母弟に第3代最高指導者の金正恩、同母妹に金与正がいる。また、異母兄 金正男(母:成蕙琳)がいる。

来歴[編集]

1996年頃にスイスのインターナショナルスクールに「Pak Cheol」(パク・チョル)という名前で留学していたことが確認されている。スクール内ではバスケットボールを好んでいたとの証言がある。1998年に卒業を前にして突如帰国した。

2007年には金日成軍事大学で軍事学を修め、金正日の軍視察に同行していたと報じられた。

金正日の後継者候補[編集]

北朝鮮では最高指導者の地位が金日成から実子・金正日に継がれたため、日本、韓国などのメディアでは金正日の後も、指導者の地位が世襲されることを前提にした報道が多かった。そのため、日韓のメディアにおいては金正日の後継者が実子のうち誰なのかがしばしば取り沙汰され、実母の故高英姫が偶像化されたことで金正哲の名前も挙げられた。また、金正日の妻であり後継者選びに大きな影響力を持つと言われる金玉は金正哲を推しているが、この背景には高英姫が死の直前に金正哲・金正恩兄弟の面倒を見るよう託したことも関係しているとされた。また、高英姫の後押しを受け、長男の金正男を後継者に推す張成沢の政敵である李済剛が金正哲・金正恩兄弟の後見役になってたとされる[2][3]。ただ本当に後継者と国内で目されているのであれば、ほんの数人の同行者を伴うだけで外国を歩き回り、外国メディアにその姿を追跡・撮影されつづけることを、朝鮮労働党朝鮮人民軍の支持者らが黙認するとは考えにくいともいわれていた[4]

2011年12月17日の金正日の死去後、三男である金正恩が後継者として発表された。後述する2006年のドイツ旅行の姿をメディアに撮影されたことが、後継者争いから脱落した原因になっているという見方もある(開かれた北韓放送代表の河泰慶の主張)[5]

金正日死去後はしばらく動向が確認されていなかったが、2013年4月、TBSは、北朝鮮最高幹部らの子弟によるグループ「烽火組(ポンファ組)」のトップに金正哲が就任したと報じた[6]。2013年の11月から12月にかけて張成沢と側近が粛清された際には、金正哲の主導によるとする説が朝鮮日報によって報じられている[7]

元駐英北朝鮮公使の太永浩は、2017年1月25日の記者会見の中で金正哲について「政治に関心がなく、役職もない。音楽に関心があり、有能なギタリストだ」と語った[8]

エリック・クラプトン・ファン[編集]

2006年6月、ドイツを旅行中の様子をフジテレビによって報道された。この旅行は何らかの治療のためだとの観測があった。しかし、この件が発端で大のエリック・クラプトンのファンであることが知られるようになった。この旅行中にドイツで開催されたエリック・クラプトンのコンサートに4日間全て訪れた。

なおこの頃に金正哲はピョンヤンで公演できないかを韓国側に打診するよう要望したと伝えられている。身辺保障の覚書が交わされ、会場は綾羅島メーデースタジアムと決定するほどまで進展したものの、クラプトン側が「独裁体制で公演した初の有名ミュージシャン」になるのを嫌がり取り消された[9][10][11]

さらに2011年2月14日には、シンガポールのライブハウスで、エリック・クラプトンのライブを鑑賞しに来た際の彼の映像が韓国のKBSで公開された。この際、正哲同行が20人以上おり、さらに会場警備と取材陣が一部もみあいになったという[12][10][13]。正哲は耳にはピアスをし、着ていた服は黒のTシャツというラフな姿であった。また、韓国のマスコミが正哲への直撃取材を試みた際、韓国マスコミのカメラマンと、同じく正哲の取材をしていたテレビ朝日のカメラマンが数人の正哲の関係者に悪態をつかれた上、暴行された。正哲は取材に何も答えることなく去っていった[14]

金正恩体制になってからその動向は明らかとなっていなかったが、2015年5月20日にイギリス・ロンドンで開催されたエリック・クラプトン公演に姿を現している[15]

脚注[編集]

  1. ^ 1980年生まれ説もあり。2009年7月2日放送『NNN News リアルタイム』より。
  2. ^ “金正哲後継者、急浮上説・・・信憑性は?”. デイリーNK. (2007年11月26日). http://dailynk.jp/archives/1487 2018年1月8日閲覧。 
  3. ^ “発覚した「太っちょグマ」こと金正男暗殺計画 高英姫は「事故」で重体 後継者めぐる暗闘の行方は…”. 産経ニュース. (2016年2月23日). http://www.sankei.com/smp/affairs/news/160223/afr1602230001-s2.html 2018年1月8日閲覧。 
  4. ^ 『朝鮮半島最後の陰謀』 李鍾植, 幻冬舎 ISBN 978-4344013230
  5. ^ “金3兄弟後継レース、メディア露出が致命傷に” (日本語). 読売新聞. (2010年9月29日). http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100929-OYT1T00287.htm 2010年9月29日閲覧。 
  6. ^ “日本TBS「金正哲、北朝鮮版太子党の首長に就任」” (日本語). 中央日報. (2013年4月19日). http://japanese.joins.com/article/697/170697.html 2013年5月20日閲覧。 
  7. ^ 北序列2位失脚:正恩氏の兄、正哲氏が主導か 朝鮮日報 2013年12月10日
  8. ^ “金正恩氏の兄は「有能なギタリスト」だった!” (日本語). デイリーNK. (2017年1月26日). http://dailynk.jp/archives/82057 2017年1月27日閲覧。 
  9. ^ クラプトン平壌公演を打診 北朝鮮、正哲氏希望で TOKYO Web(東京新聞)2011年2月19日より。
  10. ^ a b 金正哲氏がソウル公演に? クラプトンが懸念(上)”. 朝鮮日報 (2011年2月19日). 2012年5月1日閲覧。
  11. ^ 金正哲氏がソウル公演に? クラプトンが懸念(下)”. 朝鮮日報 (2011年2月19日). 2012年5月1日閲覧。
  12. ^ 金正哲氏がクラプトン公演に シンガポールで、韓国報道”. 47news. 共同通信 (2011年2月16日). 2012年5月1日閲覧。
  13. ^ 正哲氏がクラプトン公演に シンガポールで、韓国報道 MSN産経ニュース産経新聞)、2011年2月15日
  14. ^ ワイド!スクランブル」 テレビ朝日 2011年2月17日放送
  15. ^ 金正哲氏がロンドンに 新体制下で初めて動向が明らかに”. TBS (2015年5月21日). 2015年5月22日閲覧。

参考文献[編集]

  • 河信基(ハ・シンギ)著『金正日の後継者は「在日」の息子』(講談社)