金与正

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キム・ヨジョン
金 与正
김여정
Kim Yo-jong at Blue House.jpg
生誕 1988年10月??[1]
平壌
出身校 金日成総合大学
政党 朝鮮労働党
署名
Signature of Kim Yo-jong.svg
金与正
各種表記
ハングル 김여정
漢字 金與正
発音: キム・ヨジョン
日本語読み: : きん よせい
: きん よしょう
ローマ字 Kim Yŏjŏng
英語表記: Kim Yo-jong[2]
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金 与正[3][4](キム・ヨジョン、朝鮮語: 김여정1988年[1] - )は、北朝鮮政治家朝鮮労働党中央委員会政治局員候補、同党中央委員会宣伝扇動部第1副部長。同国第2代最高指導者の金正日の四女で、同国の第3代最高指導者の金正恩の実妹。母は高容姫。現在の漢字表記が判明するまでは、金予正[5][6]金汝貞[7]金汝静[8]とも表記された。

人物[編集]

未成年だったころの情報は限られているが、金正日の専属コックだった藤本健二の回想録によると、正日の寵愛を得ていた。また1996年から2001年まで、金正恩と共に「パク・ウン」「チョン・スン」という変名で、朝鮮民主主義人民共和国駐スイス大使館職員の子供として、スイスベルンの国際学校で英語ドイツ語フランス語を学んでいた。そのスイスの留学の時の写真は2010年6月に公開された[9]金日成総合大学卒業。

2010年9月、正恩が朝鮮労働党代表の会議で正日の継承者に擁立された後、指導者の集まる記念写真の中に姿が見えるようになった(正日の最後の妻である金玉の側で)。[10]2011年2月、与正は兄の金正哲シンガポールエリック・クラプトンの演奏会を観覧して車に乗り込む姿をKBSによって捉えられた[11]

正日の葬儀で正式に姿が公開された。朝鮮労働党組織指導部にいるとされていたが[12][13][14][15]、2014年3月9日に最高人民会議第13期代議員選挙が実施された際に北朝鮮国営メディアによって名前が初めて報道され、「朝鮮労働党中央委員会の責任幹部」として紹介されスーツ姿で投票する写真が報じられた[16][17]。なおこの際、朝鮮中央通信の中国語版などは漢字表記として金予正を用いた[5][6]。同年3月30日に韓国の聯合ニュースが昨2013年から労働党書記室長の職に就いていると報じた[18]。同年4月3日、朝鮮通信は金正恩の妹の名前について朝鮮中央通信社が「金与正」と知らせてきたと報じた[4]

2014年9月3日に朝鮮中央通信は与正を金正恩第一書記の同行者としての紹介する際の順番を副部長級より前に紹介したことで、権力序列から党書記級の実力者となった可能性が出た[19]。また、この2014年9月3日を最後に、正恩は1ヶ月近く公の場に姿を見せず、動静が分からなくなった時は[20]の与正が最高指導者を代行しているとの情報も出た[21]

2014年11月27日に放送された朝鮮中央放送のニュース番組では、「朝鮮労働党中央委員会副部長」の肩書きで報じられた[22]。思想統制や体制の宣伝を担当する「宣伝扇動部」、または党の中枢で人事などの権限を持つ「組織指導部」に所属しているという見方があった[23]

2015年1月2日、聨合ニュースが、与正が崔竜海の次男のチェ・ソンと結婚したという見方を報じたが[24]2016年4月に訪朝した藤本健二によると、正恩と与正に面会した際に与正はまだ独身であると聞かされたという。また与正について正恩から「朝鮮労働党の宣伝扇動部副部長を務めている」と聞かされたという[25][26]。2017年時点では、数年前に結婚し2015年に出産した。夫は大学教授で、いわゆる革命家の2世ではないという。韓国の北朝鮮専門家の分析では、叔母(金正日の実妹)、金敬姫の夫、張成沢が権力を握ったことから、金正恩が、有力者や政治に近い人間が妹の夫になるのを嫌ったと分析される。

2016年5月に開催された朝鮮労働党第7次大会で同党中央委員会委員に選出された。党内序列は43位であった[27]

2017年1月11日、アメリカ合衆国財務省は人権侵害に関与したとして金与正を制裁対象に指定し米国内の資産凍結を行うとともに米国人との取引を禁じた[28]

2017年10月7日に開かれた朝鮮労働党中央委員会総会において党中央委員会政治局員候補に選出された[29]。党内序列は25位前後であった[30]

平昌オリンピックを観戦する金永南、金与正、文在寅、金正淑

2018年2月9日から大韓民国で開催された平昌オリンピックでは金永南を団長とする北朝鮮高官級代表団の一員として名を連ね、これが金日成の直系の子孫としては初の訪韓となった[31]。この際、朝鮮労働党の党内序列2位である金永南が、仁川国際空港の貴賓席に入室する際に入り口で与正の入室を待ち、着席する際には中央席を与正に譲ろうとするなど配慮する姿を見せたことから、一部メディアからは「実質ナンバー2」「実力者」「大物」「血族の権威」などと報じられた[32][33]。翌10日の韓国の文在寅大統領との会談の際には、金正恩の特使として親書を文在寅に手渡し文大統領の訪朝を要請した[34]。また11日の北朝鮮の三池淵(サムジヨン)管弦楽団の公演を観劇する際には、金永南より上座となる文在寅大統領の右隣に着座して観劇した[35]。この訪朝にあたって北朝鮮側は韓国に与正を「党中央委員会の第1副部長」の肩書で紹介し、与正が副部長から昇格していたことが確認された[36]。帰朝後、同時期に訪韓していたアメリカ合衆国のペンス副大統領と会談する予定が韓国の仲介[37]で組まれていたことが明らかになったが、ペンスが訪韓中に行った脱北者との面会や追加制裁の表明などに北朝鮮が不快感を示して実現には至らなかった[38]。金与正を抑圧的な体制の中心人物として非難[39]したペンスを「人間のクズ」と罵倒して「我々は米国との対話を哀願しない」と述べた声明を北朝鮮は発表した[40][41]

2018年4月1日K-POPスターなどで構成された韓国芸術団が訪朝し、東平壌大劇場で金正恩とその妻の李雪主とともに韓国の芸術団公演を直接鑑賞した[42]

2018年4月13日金日成生誕106周年記念の国際芸術祭に参加するために中国芸術団とともに訪朝した中国共産党中央対外連絡部部長の宋濤を空港で出迎え、宿舎で会談して「兄弟が平壌で少しの不便もないよう最大の真心を尽くす」と述べ[43]、翌14日には李雪主、李洙墉、崔竜海、金英哲らとともに中国芸術団の公演も鑑賞し[44]、金正恩が催した宴会にも出席した[45][46]。また、16日も中国芸術団の公演を金正恩、李雪主とともに観覧した[47]

2018年4月27日の板門店の韓国側施設「平和の家」で行われた南北首脳会談。一番右が与正

2018年4月27日に板門店で行われた南北首脳会談にも金正恩に同道して兄を補佐した。与正は2月に特使として訪韓していたため、注目度が高かった。会談の最中に韓国の文在寅大統領が与正について「南側でスターになった」と紹介すると笑いが起こり、与正が顔を赤らめる一幕があった[48]

2018年5月7日、初めて航空機を外遊に利用して中国の大連を訪れた金正恩に李洙墉、金英哲、崔善姫らと同道した[49][50]。この際、朝鮮中央放送で中国の習近平党総書記国家主席に面会した金与正が韓国の文大統領に直立で握手した時と対照的な2度も90度近くお辞儀した姿が報じられたことが話題となった[51][52]

2018年6月、米朝首脳会談のためにシンガポールを訪問した金正恩に金英哲や国際部長の李洙墉らとともに同行した[53]

2018年8月、建国70周年記念行事に招かれて訪朝した中国序列3位の栗戦書全国人民代表大会常務委員長を崔竜海らと出迎え[54]、栗戦書が帰国する際も崔竜海らと見送った[55]

2019年1月8日、夫人の李雪主らとともに35歳の誕生日を迎える金正恩の中国訪問に同行[56]

2019年2月には、2度目の米朝首脳会談を行うため、ベトナムを訪問した金正恩に同行[57]。しかし2度目の米朝首脳会談は不調に終わった[58]。同年3月に北朝鮮国内で行われた最高人民会議第14期代議員選挙では第5号選挙区(カルリムキル)から立候補して当選[59]。しかし、米朝首脳会談が決裂に終わった後から動静は確認されなくなり、4月の金正恩のロシア訪問へは同行しなかった。5月末には韓国紙によって、出過ぎた行動を理由に謹慎処分が下ったと報じられていたが[60]、のちに健在説に変わった[61]

金正日の後継者候補として[編集]

NHKスペシャル[62] で放映された内容によれば、一時期、金正恩とならび、金正日が金与正を後継者候補として考えていた時期があったという。同番組に出演した元ロシア極東連邦管区大統領全権代表・コンスタンチン・プリコフスキーは、2001年訪露した金正日に随行した際に「自分の子供の内、正恩と与正が政治に関心を示しており、これから二人のどちらかを教育して後継者にするつもりだ」と聞かされたと語っている。

金正日家系図[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 韓国統一部の見解(“金正恩氏妹は「1988年生まれ」 韓国当局が公式判断”. 朝鮮日報. 聯合ニュース. (2018年12月27日). http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/12/27/2018122780104.html 2018年12月30日閲覧。 “「金与正氏は1988年生まれ」 統一部が公式確認”. 東亜日報. (2018年12月28日). http://japanese.donga.com/Home/3/all/27/1592455/1 2018年12月30日閲覧。 “金与正氏は「88年生まれ」 韓国統一省が人物情報記載”. 毎日新聞. (2018年12月28日). https://mainichi.jp/articles/20181228/k00/00m/030/082000c 2018年12月30日閲覧。 “人物情報更新 金与正氏は88年生まれ 兄・正恩氏はわからず”. 毎日新聞. 共同通信. (2018年12月28日). http://mainichi.jp/articles/20181228/dde/007/030/024000c 2018年12月30日閲覧。 )
  2. ^ Kim Jong-un The New York Times, May 15 2012
  3. ^ 北朝鮮、金正恩氏の妹の漢字表記を通知 日本経済新聞、2014年4月3日
  4. ^ a b 金正恩氏の妹、表記「金与正」に 朝鮮中央通信変える 朝日新聞 2014年4月3日
  5. ^ a b “正恩氏が投票、同行者に実妹?予正氏の名前”. 読売新聞. (2014年3月10日). https://web.archive.org/web/20140309171706/http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20140309-OYT1T00470.htm 2014年3月10日閲覧。 
  6. ^ a b “正恩氏の妹、公式報道か 北朝鮮”. 朝日新聞. (2014年3月10日). http://www.asahi.com/articles/DA3S11020822.html 2014年3月10日閲覧。 
  7. ^ 北朝鮮、金正恩に随行して馬に乗る妹・金汝貞の姿を公開 中央日報、2012年11月20日
  8. ^ 金正恩体制の最重要人物は金正日妹の金慶喜 金玉は遠ざかるか NEWSポストセブン(SAPIO 2012年2月1・8日号)、2012年1月21日
  9. ^ キム・ジョンウン、キム・ヨジョンの留学時代の写真を追加公開 Archived 2014年3月9日, at the Wayback Machine. Daily NK 2010-06-08
  10. ^ 金正日第四任夫人曝光(圖) Archived 2010年10月9日, at the Wayback Machine. 鳳凰網 2010年10月2日
  11. ^ 韩国媒体: 金正日次子到新加坡 玩乐购物至少一周(图) 新西兰中文网 2011-2-17
  12. ^ 年輕女人陪同金正恩亮相 疑似金正日女兒 全球新聞 2011年12月21日
  13. ^ 「金正恩の妹キム・ヨジョンの権力高まる可能性」 中央日報 2012年2月16日
  14. ^ 謎に包まれたキム・ヨジョン、金正恩最側近となるか Archived 2014年3月9日, at the Wayback Machine. Daily NK 2012年4月6日
  15. ^ 「金正恩の妹、党代表者に非公式選出」 Archived 2014年3月9日, at the Wayback Machine. Daily NK 2012-04-06
  16. ^ 正恩氏が投票、同行者に実妹?予正氏の名前読売新聞 2014年3月9日閲覧
  17. ^ 北選挙、投票した金第1書記に“妹”同行か 日テレNEWS24 2014年3月9日閲覧
  18. ^ 金第1書記妹、書記室長に=慶喜氏よりも重責-北朝鮮 時事通信 2014年3月30日
  19. ^ 金第1書記妹、昇格の可能性=党書記級の実力者か-北朝鮮 時事通信 2014年9月4日
  20. ^ ALASTAIR GALE (2014年10月8日). “姿見せぬ金正恩氏、深まる謎―実権喪失との説も”. ウォール・ストリート・ジャーナル. オリジナルの2014年10月9日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141009013141/http://jp.wsj.com/news/articles/SB11713596470002413933104580201681650956348 2014年10月9日閲覧。 
  21. ^ “金正恩氏不在の北朝鮮、妹の金与正氏が代行就任か”. CNN. (2014年10月9日). http://www.cnn.co.jp/world/35054908.html 2014年10月9日閲覧。 
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  23. ^ 長砂貴英 (2014年12月18日). “キム総書記死去3年 北朝鮮は”. NHK NEWS WEB. オリジナルの2014年12月20日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141220105938/http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2014_1218.html 2014年12月20日閲覧。 
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  25. ^ “金正恩の唯一の友人が明かす平壌「極秘会談3時間」の一部始終 「私は戦争などする気はないのだ」スクープインタビュー”. (2016年4月27日). http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48646?page=2 2016年6月2日閲覧。 
  26. ^ “正恩氏「仕方なくミサイル撃っている」? 面会の元専属料理人に 日本世論にも関心”. 産経新聞. (2016年4月27日). http://www.sankei.com/world/news/160427/wor1604270042-n1.html 2016年4月27日閲覧。 
  27. ^ 北朝鮮党大会、金与正氏が党中央委に選出”. 東亜日報 (2016年6月1日). 2016年6月2日閲覧。
  28. ^ 金正恩氏の妹らに制裁=北朝鮮の人権侵害で-米 時事通信、2017年1月12日
  29. ^ “北朝鮮・金正恩氏の妹、政治局員候補に”. BBC News (BBC). (2017年10月9日). http://www.bbc.com/japanese/41551316 2017年10月12日閲覧。 
  30. ^ 「金正恩氏の妹を政治局候補委員に抜擢」に見る北朝鮮の「余裕」 wedge infinity 2017年10月12日
  31. ^ “[平昌五輪]北朝鮮の高官級代表団に正恩氏妹ら 「金日成」直系の訪韓は初”. 聯合ニュース. (2018年2月7日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/northkorea/2018/02/07/0300000000AJP20180207005000882.HTML 2018年2月7日閲覧。 
  32. ^ 金与正氏、実力者ぶり発揮 「ナンバー2」の存在感 産経ニュース 2018年2月9日
  33. ^ 北の長老がイス譲る…正恩氏妹の大物ぶりに注目 YOMIURI ONLINE 2018年2月9日
  34. ^ 韓国大統領に訪朝要請 正恩氏妹、親書も手渡す 朝日新聞 2018年2月11日
  35. ^ 連日の与正氏歓待 文氏、共に公演観賞 毎日新聞 2018年2月11日
  36. ^ 北朝鮮 キム委員長の妹ヨジョン氏を韓国に派遣へ NHKニュース 2018年2月7日
  37. ^ 「ペンス・金与正」会談をキャンセルした北朝鮮、態度変化だけが「機会」を生かせる”. 東亜日報 (2018年2月22日). 2018年2月24日閲覧。
  38. ^ 北朝鮮が直前に中止 ペンス氏の姿勢に不満”. 毎日新聞 (2018年2月28日). 2018年2月25日閲覧。
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  40. ^ 北朝鮮、米副大統領を「くず」呼ばわり 代表団は訪韓”. 朝日新聞 (2018年2月25日). 2018年2月25日閲覧。
  41. ^ 北朝鮮、ペンス氏「人間のくず」…金与正氏非難に猛反発”. デイリーNK (2018年2月25日). 2018年2月25日閲覧。
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  43. ^ 北朝鮮、中国芸術団を厚遇…金与正氏ら出迎え「親善」アピール”. デイリーNK (2018年4月14日). 2018年4月13日閲覧。
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  45. ^ 金日成主席の生誕記念日 前日には金正恩委員長が中国共産党中央対外連絡部長と会談 関係強化アピール”. 産経ニュース (2018年4月15日). 2018年4月16日閲覧。
  46. ^ 「重大問題」で意見交わす 金正恩氏、中国高官と会談”. 日本経済新聞 (2018年4月15日). 2018年4月16日閲覧。
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  48. ^ 兄の補佐役で妹の金与正氏が存在感 顔を赤くする場面も”. 産経新聞 (2018年4月27日). 2018年5月1日閲覧。
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  52. ^ “文大統領と直立で握手した金与正氏、習近平主席に腰曲げてあいさつした理由”. 中央日報. (2018年5月11日). http://japanese.joins.com/article/334/241334.html 2018年5月15日閲覧。 
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  55. ^ “訪朝の中国高官帰国 建国70年行事に参加”. 産経ニュース. (2018年9月10日). http://www.sankei.com/photo/story/news/180911/sty1809110011-n1.html 2018年9月11日閲覧。 
  56. ^ “金正恩氏、習近平氏と4回目の首脳会談後に盛大な誕生日晩餐”. 中央日報. (2019年1月9日). https://japanese.joins.com/article/912/248912.html 2019年2月27日閲覧。 
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  59. ^ “北朝鮮代議員選挙結果を徹底分析!相次ぐ実力者らの意外な「落選」が判明! - Yahoo!ニュース” (日本語). Yahoo!ニュース. https://news.yahoo.co.jp/byline/pyonjiniru/20190313-00118076/ 2019年6月2日閲覧。 
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  61. ^ 与正氏も健在確認=正恩氏とマスゲーム観覧”. 時事通信 (2019年6月4日). 2019年6月4日閲覧。
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