藤田徳太郎

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藤田 徳太郎(ふじた とくたろう、1901年11月1日 - 1945年6月29日)は、国文学者

山口県下関市出身。第五高等学校東京帝国大学卒。浦和高等学校教授佐佐木信綱に師事し、和歌をやり、日本の歌謡を研究。戦時下、国粋主義的になり、愛国百人一首の選定に当たったが、敗戦前に下関空襲により死去。

著書[編集]

共編著[編集]

参考[編集]

  • 『文藝年鑑 1940年』