菊田神社

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菊田神社
菊田神社
所在地 千葉県習志野市津田沼3-2-5
位置 北緯35度41分03秒
東経140度01分37秒
主祭神 大己貴大神
藤原時平命
社格 村社
創建 伝・弘仁年間(810年-824年
本殿の様式 入母屋造
例祭 10月19日
主な神事 あんば様(3月15日に近い日曜日)
下総三山の七年祭り年・年)
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菊田神社(きくたじんじゃ)は、千葉県習志野市津田沼にある神社旧社格は村社。

祭神[編集]

由緒[編集]

拝殿

弘仁年間(810年824年)頃に創建されたと伝えられ、元々は「久々田明神」と称された。古くは境内地周辺は入り江で、当社は島の上に鎮座していたと言われている。地域の住民によって産土神として崇められた久々田大明神は縁結び、厄難除け、商売繁盛の神としても厚く崇敬された。

伝承によると、流刑に処された藤原師経藤原師長の一族郎党が治承4年(1180年)に周辺にあった入江に上陸した際、当社に参拝して祖先の藤原時平を合わせ祀った。後に師経の一族は千葉郡三山郷(現在の二宮神社)に移住したという。(実際には二宮神社にも藤原時平が祀られている。)時が経つにつれ入り江が浅瀬となり、やがて浅瀬も埋め立てられ周辺が水田地帯となった。境内が船の形をしているのは、師経一族の着船の記念するために盛土する時にこの形にしたと伝えられている。

宝暦年間(1751年1763年)には「菊田大明神」と改称。大正元年(1912年11月、近隣区内の金刀比羅神社等6社を境内社として合祀。昭和53年(1978年10月、千葉県神社庁より「顕彰規範神社」に指定された。

境内[編集]

御池[編集]

菊田神社の敷地内にある池の水源は三山の二宮神社と言われている。この地域は低地で中世は海が近く、流罪に処せられた藤原師経藤原師長ら一党が、菊田神社の池周辺の入り江に上陸したという伝説も残されている。古代(古墳時代)は海岸線が今の陸地に近かったため、この入り江が船着き場だったのではないかと推測する研究家もいる。なお、習志野市周辺の村落に住んでいる人々は海路で、関西方面から来たという伝承の残る旧家が多く存在する。

参道[編集]

狛犬

参道は比較的整備されており、50~60m程度の参道が延びている。安政5年(1858年)6月建立の鳥居は東日本大震災によって倒壊し、平成23年(2011年)12月に再建された。旧鳥居の一部は境内に陳列されている。

社殿[編集]

社殿が改造営・改修された時期は以下の通りである。

  • 康元元年(1256年)- 社殿が木造に改築造営
  • 慶長2年(1597年)5月
  • 正保3年(1646年)9月
  • 寛保2年(1742年)9月
  • 宝暦3年(1753年)9月 - 拝殿造営
  • 寛政8年(1796年)11月
  • 文政3年(1820年)8月
  • 弘化3年(1846年)9月
  • 明治26年(1893年)12月 - 拝殿・玉垣再造営
  • 昭和48年(1973年)9月 - 本殿の屋根、銅板瓦葺に改修
  • 平成7年(1995年)9月 - 神輿庫改築、神輿新調

摂末社[編集]

大杉神社と末社3社

祭事[編集]

あんば様(2012年3月11日撮影)
  • 歳旦祭(1月1日)
  • 節分祭(2月3日)
  • あんば様(3月15日に近い日曜日)
3月15日に近い日曜日に行われる民間信仰の行事。「あんばーおーせー(阿波大杉)大明神、悪魔を払ってよーいやせ」と唱えながら地区内を神輿渡御する。正しくは「阿波様(あばさま)」といい、明治期天然痘(ほうそう)流行を防ぐために始まったと言われている。言い伝えによると、久々田村の行商伝染病に効くと言われている常陸国阿波村(現・茨城県稲敷市)の大杉神社(大杉大明神)の御札を持ち帰ったところ、疫病の流行が治まったという。それ以降、大杉神社の分霊を境内に祀り「あんば様」の祭りが続けられている。
船橋市三山にある二宮神社を中心とし、船橋市・千葉市八千代市・習志野市の9神社が参加する祭り。当社は「叔父(おじ)」の役割を務める。

交通[編集]

参考文献・サイト[編集]

  • 『菊田神社(小冊子)』菊田神社。
  • 御祭神・御由緒”. 菊田神社公式HP. 2019年11月23日閲覧。
  • 年中行事”. 菊田神社公式HP. 2019年11月23日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]