菅野弘夫

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菅野 弘夫(かんの ひろお、1923年7月16日 - 2009年11月23日)は、日本の元官僚

経歴・人物[編集]

1923年7月16日福島県福島市出身。東京大学法学部政治学科卒業後に臨時人事委員会事務局(現在の人事院)に入職。その後は自治省(現在の総務省)、環境庁(現在の環境省)への異動を経験し、総理府へ異動した後には恩給局長を務める。

1979年11月、第二次大平正芳内閣総理府総務副長官(事務)に起用され、鈴木善幸内閣に政権が交代した後の1981年1月まで務めた。

総理府総務副長官退任後は国立公文書館館長を務め、1989年平成改元に伴い、徳仁親王皇太子となった時に宮内庁に入り、同年5月1日付で東宮大夫に就任。1994年4月1日まで務めた。

2009年11月23日すい臓がんにより逝去[1]。86歳没。

雑記[編集]

脚註[編集]