若松儀裕

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若松 儀裕(わかまつ よしひろ、1986年12月9日-)は、日本の陸上競技選手。専門は長距離種目八千代松蔭高等学校東洋大学卒業。東京電力グループを経て、現在は日清食品グループに所属。

経歴・人物[編集]

ラスト勝負になったときのスパート力に定評があり、駅伝では、集団の中で最後に抜け出し少しでも前でタスキをつなぐことが求められる1区を担当することが多い。

東洋大学4年時には、2009年箱根駅伝に出場し1区を担当。区間8位でタスキをつなぎ、3区を走った同学年のエース大西智也や5区で区間新記録を樹立したルーキー柏原竜二とともに東洋大学史上初の総合優勝に貢献した。また、同年の夏季ユニバーシアード日本代表として大西や柏原とともに選出され、ハーフマラソンに出場した。

大学卒業後は東京電力グループに入社。毎年元日に開催される全日本実業団駅伝では1年目の2010年・2年目の2011年と2年連続1区を担当し、それぞれ区間賞には届かなかったものの、区間3位・区間2位と好走した。しかし、その後の活躍も期待される中、2011年3月に発生した東日本大震災の影響により、東京電力陸上部は無期限休部となってしまう[1]。震災後の混乱を収束すべく、陸上部関係者も一般業務に従事せざるを得ないという状況の中、若松はいち早く移籍を決め、同年5月1日付けで日清食品グループに移籍した[2]

日清食品グループに移籍した2011年の東日本実業団駅伝では5区を走り区間新記録を樹立(21分19秒)。日清食品グループの優勝に貢献した[3]。東日本王者として臨んだ2012年の全日本実業団駅伝では東京電力時代から3年連続となる1区を担当。持ち前のスパート力で最後に集団から1人抜け出し、念願の区間賞を獲得した(35分55秒)。日清食品グループはその勢いに乗り、常に上位でレースを進め、2年ぶり2度目の総合優勝を果たす。若松にとって、雇用の受け皿となった日清食品グループに恩を返すことになる活躍であった。同年6月に開催された第96回日本選手権では5000mに出場し、ラスト半周で出口和也(旭化成)、竹澤健介(エスビー食品)と激しい先頭争いを繰り広げ、両者に次ぐ3位入賞を果たした(13分47秒75)。優勝した出口とのタイム差はわずか0.58秒であった。

2013年の全日本実業団駅伝は欠場。2014年には復帰し例年通り1区を担当。東洋大学時代の同級生である大西智也(旭化成)が序盤で仕掛けたスパートに対応できず、大西に区間賞を譲り区間5位。2015年の大会では日清食品グループのルーキー大迫傑が1区に入ったため(区間賞を獲得)アンカー7区に回る。優勝争いのラスト勝負を見越しての起用であったが、若松にタスキが渡った時点で大勢が決しており、持ち味を発揮できず総合3位でゴールした。2016年には退社した大迫に代わり再び1区に起用される。レースは大集団で中継所直前までなだれ込む若松の得意な展開になり、鎧坂哲哉(旭化成)、早川翼(トヨタ自動車)、中村匠吾(富士通)、竹澤健介(住友電工)など他チームの主力選手を抑える切れ味の鋭いスパートを見せ4年ぶりに区間賞を獲得した。

自己ベスト[編集]

脚注[編集]

  1. ^ [1]東電駅伝チーム休部「選手は一般社員と同様の業務に」
  2. ^ [2]陸上ブログ-2011年度入部のお知らせ*5月
  3. ^ [3]東電から移籍若松「奮起した」/駅伝
  4. ^ [4] 日清食品グループ陸上競技部-チームプロフィール