筑波書林

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
筑波書林株式会社
Ocean Paddler, Hitachino-Ushiku.JPG
筑波書林本社の入居するオーシャンパドラー
種類 株式会社
市場情報 未上場
略称 筑波書林
本社所在地 日本の旗 日本
300-1206
茨城県牛久市ひたち野西四丁目22番地3
オーシャンパドラーA2F
北緯36度0分23.7秒東経140度9分17秒
設立 2010年(平成22年)11月24日
業種 情報・通信業
法人番号 2050001031112
事業内容 出版
代表者 代表取締役:吉田幸市
従業員数 6人
関係する人物 菊田俊男(創業者)
外部リンク http://tsukubashorin.com/
特記事項:取引銀行筑波銀行牛久支店
テンプレートを表示

筑波書林株式会社(つくばしょりん)は、茨城県牛久市本社を置く日本出版社。出版社・著者読者の三者で作る「ふるさと文庫の会」による、ふるさと文庫全500巻を発行してきた企業である[1]

絵画の販売等を手掛ける株式会社茨城図書の出版部門として創設されて以来、社長の菊田俊男が率いてきたが、2011年(平成23年)より学習塾を営む吉田幸市に経営が引き継がれた[2]

概要[編集]

創業当初は地域記録を残すことを目的とした『ふるさと文庫』を発行していたが、500巻の全シリーズが刊行されて以降は歴史のみならず、自然福祉民俗など広範な分野を対象とするようになった[1]

刊行書籍の流通は直販により、茨城県南地域の主要書店店頭で販売されるほか、地方・小出版流通センターを介した流通も行っている[1]

現在の本社は茨城県牛久市にあるが、かつては茨城県土浦市港町1-4-12の井上ビルにあり[3]、その後同市東真鍋町1-8[4]に移った。

創業者[編集]

創業者菊田 俊男(きくた としお、1934年8月[5] - 2010年1月21日[6])である。菊田俊男は土浦市農家長男に生まれ、茨城県立土浦第一高等学校千葉大学園芸学部卒業後、農業に従事する傍ら、演劇サークル「桑の実」に参加する[5]。そこで妻のまきと出会い結婚する[5]1967年(昭和42年)、株式会社ほるぷに入社し東関東事業部次長、茨城事業部長を歴任した[5]1973年(昭和48年)に同社を退社し、株式会社茨城図書を設立、1978年(昭和53年)には茨城図書の出版部門として筑波書林を設立した[1]

筑波書林の事業部には6人の職員がいたが、企画立案、原稿依頼から編集に至るまで、菊田俊男がほぼ一人で手掛けていたという[7]。また、先祖代々の土地を担保にするなど、全財産をかけて出版事業を続けた[8]

歴史[編集]

1978年(昭和53年)4月、茨城県土浦市に本社を置く茨城図書の出版部門として設立された[1]。これは茨城・千葉両県を対象として『ふるさと文庫』を発行していた崙書房の経営が厳しくなったことにより、茨城県分の『ふるさと文庫』の出版を引き受けることになったためである[9]第二次世界大戦前の茨城県から刊行される図書官公庁発行のものがほとんどで、地域に生きる人々によって書かれた『ふるさと文庫』は意義深いものであった[10]。ふるさと文庫は「ふるさと文庫の会」によって支えられ、設立から15年が経過した1993年(平成5年)に目標の500巻の刊行を達成した[1]。その後は『ふるさと文庫 別冊』として刊行を続け[11]2002年(平成14年)に1つの区切りが付けられて以降も、出版活動は続けられた[6]

菊田俊男の生前に筑波書林から出版された書籍は900点余に及んだ[10]。菊田俊男の死後、出版事業は停止したが、2010年(平成22年)秋に事業継続を望む声に押されて、妻の菊田まきが社長に就任して事業を再開した[6]。菊田まきは編集作業の経験があり、営業活動も1度だけ行ったことがあったが、事業の再開には大きな課題が立ちはだかっていた[6]。そのような折に、つくば市の友朋堂書店が2011年(平成23年)1月15日から1か月間、「ふるさと文庫応援フェア」として、応援販売を行った[12]

その後吉田幸市が事業を引き継ぎ、茨城図書から出版部門のみを切り離して「筑波書林株式会社」を設立、吉田幸市が代表取締役に就任、菊田まきが顧問として経営に参画することになった[2]。筑波書林株式会社は在庫本の引き継ぎと、売り切れたふるさと文庫の再発行を進めるとともに、自費出版の拡充を検討している[2]

主な刊行物[編集]

  • 茨城地方史研究会 編『茨城史林』 - 定期刊行物[1]
  • 堀米喜八郎 編著『茨城の文学碑百選』 - 全4巻[1]

ふるさと文庫[編集]

歴史・地誌・民俗・文学芸術思想宗教教育政治経済・自然・人物産業の10のジャンルについて「茨城の大地」と「人間」が織りなす種々の事柄を記録したもの[1]新書版、全500巻[1]。「郷土の百科事典にする」ことが発行当初の目標であった[9]

地方・小出版流通センターのアンテナショップ「書肆アクセス」ではひるぎ社の『おきなわ文庫』、崙書房の『ふるさと文庫』と並ぶ重要なシリーズであった[10]。全巻発刊を記念して1994年(平成6年)12月30日に『土の薫り-ふるさと文庫完結記念文集-』が刊行された[8]

参考文献[編集]

  • アクセス編集委員会 編『アクセス 第398号』地方・小出版流通センター、2010年3月1日、12pp.
  • 竹島茂(2010)"筑波書林・菊田俊男さんの仕事"アクセス(地方・小出版流通センター).399:1.
  • 日外アソシエーツ編集部 編『地方・小出版事典』日外アソシエーツ、1997年5月26日、502pp. ISBN 4-8169-1427-7
  • 真鍋瑞貴(2010)"地方出版の歩みと未来〜「岡山文庫」を背景に考える〜"岡山理科大学大学院総合情報研究科社会情報専攻修士論文要旨

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 日外アソシエーツ編集部 編(1997):54ページ
  2. ^ a b c 土田芳孝"「筑波書林」看板残った 牛久の学習塾経営者が継承 - マイタウン茨城"朝日新聞社、2011年2月21日(2012年4月22日閲覧)
  3. ^ 毎日新聞水戸支局 編『検証・つくば合併』筑波書林、平成元年2月20日、222pp.奥付より
  4. ^ 首都圏出版人懇談会"筑波書林"(2012年4月29日閲覧)
  5. ^ a b c d 日外アソシエーツ編集部 編(1997):55ページ
  6. ^ a b c d つくばもん"筑波書林が出版事業を再開"研究学園都市コミュニティケーブルサービス、2010年11月5日(2012年4月22日閲覧)
  7. ^ つくばファンクラブ"THE ENCYCLOPEDIA TSUKUBANICA ハ〜ホ"筑波研究学園都市大事典(2012年4月22日閲覧)
  8. ^ a b 竹島(2010):1ページ
  9. ^ a b 真鍋(2010)
  10. ^ a b c アクセス編集委員会 編(2010):12ページ
  11. ^ 常陽新聞"HEADLINE NEWS 110114"2011年1月14日(2012年4月29日閲覧)
  12. ^ 土田芳孝"地域文化掘り起こした「ふるさと文庫」出版 筑波書林頑張って つくばの書店 1500冊並べ応援フェア きょうから4店舗で"朝日新聞2011年1月15日付朝刊、茨城版30ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]