竹山広

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竹山 広
(たけやま ひろし)
誕生 竹山 廣(たけやま ひろし)
1920年2月29日
日本の旗 長崎県北松浦郡南田平村
死没 (2010-03-30) 2010年3月30日(90歳没)
日本の旗 長崎県西彼杵郡時津町
職業 歌人
言語 日本語
最終学歴 海星中学校卒業
活動期間 1981年 - 2010年
ジャンル 短歌
代表作 『一脚の椅子』(1995年
『射禱』(2001年
『眠つてよいか』(2009年
主な受賞歴 ながらみ現代短歌賞1996年
迢空賞2002年
詩歌文学館賞(2002年)
デビュー作 『とこしへの川』(1981年)
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竹山 広(たけやま ひろし、1920年(大正9年)2月29日 - 2010年(平成22年)3月30日)は、日本の歌人。本名は竹山 廣(たけやま ひろし)。

概要[編集]

原爆歌人として名高いが[1]、格調高い自然詠、エスプリの効いた社会詠、身の周りのことを題材にしたユーモラスな日常詠も数多く詠んでいる[2]。また、詠んだ短歌を基にした合唱曲がつくられたことでも知られている[3]。第一歌集を出版したのが61歳というかなり遅咲きの歌人である[2]。本名は旧字体の「竹山廣」だが[1]筆名としては新字体の「竹山広」名義を用いることが多かった。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

1920年、長崎県北松浦郡南田平村(現、平戸市田平町)にて生まれた。隠れキリシタンの家柄であったという。

1939年、旧制海星中学校を卒業した。卒業後は、福岡地方専売局の長崎出張所に勤務した。

子供のころから短歌に取り組んでおり、1941年には短歌結社心の花」に入会した[1]

戦中[編集]

1945年肺結核で喀血し、長崎市浦上第一病院に入院した。退院予定日の8月9日長崎市に原子爆弾が投下され、爆心地から1.4キロメートルの地点にあった病院にて被爆した[2]。奇跡的に軽傷で済むが、退院する竹山を迎えに来るはずだったを目の前で喪った[1][2]

戦後[編集]

1958年、『短歌風光』に初めて原爆詠を発表。

1964年長崎市にて印刷業を開業した。並行して短歌にも精力的に取り組む。

1973年、「八月」で第19回角川短歌賞候補。

1981年、第1歌集『とこしへの川』を発刊し、歌壇にデビュー。同年、第2回長崎県文学賞を受賞。以降は各文学賞を相次いで受賞。

1996年、第4歌集『一脚の椅子』により、第4回ながらみ現代短歌賞を受賞。

2002年、『竹山広全歌集』にて、第13回斎藤茂吉短歌文学賞、および、第17回詩歌文学館賞を相次いで受賞[3]

さらに、同全歌集に含まれて発刊された第6歌集『射禱』が、第36回迢空賞を受賞[3]
また、地方を拠点に被爆体験を真摯にうたい、自己を見つめ、社会性に富んだ作品を生み出したとして長崎新聞文化賞を受賞。

2008年久間章生の「原爆しょうがない」発言を批判する歌などを収めた第9歌集『眠つてよいか』を刊行。

2009年、第9歌集『眠つてよいか』と過去の全業績で、第32回現代短歌大賞を受賞。

2010年3月30日、肺疾患により[4]、長崎県西彼杵郡時津町にて死去[3]

略歴[編集]

  • 1920年 - 長崎県北松浦郡南田平村にて誕生。
  • 1939年 - 海星中学校卒業。
  • 1939年 - 福岡地方専売局長崎出張所勤務。
  • 1941年 - 心の花入会。
  • 1945年 - 長崎市浦上第一病院にて被爆
  • 1958年 - 『短歌風光』にて原爆詠発表。
  • 1964年 - 印刷業開業。
  • 1981年 - 『とこしへの川』にてデビュー。
  • 2010年 - 長崎県西彼杵郡時津町にて死去。

賞歴[編集]

  • 1981年 - 長崎県文学賞。
  • 1996年 - ながらみ現代短歌賞。
  • 2002年 - 斎藤茂吉短歌文学賞。
  • 2002年 - 詩歌文学館賞。
  • 2002年 - 迢空賞。
  • 2002年 - 長崎新聞文化賞。
  • 2009年 - 現代短歌大賞。

歌集[編集]

  • 第一歌集『とこしへの川』 - 雁書館、1981
  • 第二歌集『葉桜の丘』 - 雁書館、1986
  • 第三歌集『残響』 - 雁書館、1990
  • 第四歌集『一脚の椅子』 - 不識書院、1995
  • 第五歌集『千日千夜』 - ながらみ書房、1999
  • 『竹山広全歌集』 - ながらみ書房、2001
  • 第六歌集『射禱』 - ながらみ書房、2001 (『竹山広全歌集』に含まれる)
  • 第七歌集『遐年(かねん)』 - 柊書房、2004
  • 第八歌集『空の空』 - 砂子屋書房、2007
  • 第九歌集『眠つてよいか』 - ながらみ書房、2008
「あな欲しと思ふすべてを置きて去るとき近づけり眠ってよいか」…表題となった歌
「崩れたる石塀の下五指ひらきゐし少年よ しやうがないことか」…久間章生元防衛相の原爆投下をめぐる「しようがない」発言を批判
  • 英訳歌集『Everlasting River』(『とこしえの川』の英訳) - ながらみ書房、2008
翻訳者:結城文(英文研究家・歌人)
  • 第十歌集『地の世』 - 角川書店、2010
遺歌集(妻の妙子と門弟の馬場昭徳による構成、編集)

参考資料[編集]

  • 「短歌往来」(ながらみ書房)2008年8月号 竹山広特集

脚註[編集]

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  1. ^ a b c d 「竹山広氏死去――日本代表する被爆歌人、90歳」『龍~なが 長崎新聞ホームページ:竹山広氏死去 日本代表する被爆歌人、90歳(3月31日)長崎新聞社2010年3月31日
  2. ^ a b c d 「被爆歌人の竹山広さん死去――『とこしへの川』でデビュー」『asahi.com(朝日新聞社):被爆歌人の竹山広さん死去 「とこしへの川」でデビュー - おくやみ・訃報朝日新聞社2010年3月31日
  3. ^ a b c d 共同通信「長崎の被爆歌人、竹山広氏が死去――斎藤茂吉短歌文学賞を受賞」『長崎の被爆歌人、竹山広氏が死去斎藤茂吉短歌文学賞を受賞 :京都新聞京都新聞社2010年3月30日
  4. ^ 「竹山広氏(歌人)」『竹山広氏(歌人) - MSN産経ニュース産経デジタル、2010年3月30日。

外部リンク[編集]