竹友藻風

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1948年

竹友 藻風(たけとも そうふう、1891年9月24日 - 1954年10月7日)は、詩人英文学者

人物[1][2][編集]

大阪市生まれ。本名・乕雄(とらお)。父・安治郎は実業家で、のち東海生命保険専務取締役。関西学院中学校同志社中学校をへて桃山学院中学校卒、1911年同志社神学校卒業、京都帝国大学英文科選科で上田敏に学び、1914年修了後、1915年米国に渡りイェール大学神学部、1916年ニューヨークに出てブルックリン博物館に勤務、1917年からコロンビア大学で英文学を学び、1920年帰国、野口米次郎の紹介で慶應義塾大学教授。1921年東京高等師範学校専任講師、1923年同校教授、1934年関西学院大学教授、1948年大阪大学文学部英文科教授。同大学を定年退官する直前の1954年に病死。

1913年詩集『祈祷』を上梓、1921年北原白秋らと新詩会を結成。『ルバイヤット』『神曲』などの翻訳がある。

長男は精神医学者でアルベルト・アインシュタイン医科大学精神医学臨床名誉教授の竹友安彦。[3] 四男は英文学者で元大阪大学文学部教授の藤井治彦[注 1] 他に二男一女あり。[注 2][1] 

著書[編集]

  • 『祈祷』昴発行所, 1913
  • 『鬱金草』編 梁江堂書店, 1915
  • 『浮彫』山中嵒松堂, 1915
  • 『時のながれに』天佑社, 1920
  • 『審美論集』金星堂 1921
  • 『文学論』アルス 1926
  • 『エッセイとエッセイスト』北文館, 1927
  • 『詩集』新潮社 1927
  • 『書物と人』斯文書院, 1927
  • 『英文学論攷』万里閣書房, 1930
  • 『馴鹿』梓書房, 1930
  • 『文学総論』梓書房 1930-34
  • 『英国小品文学』北文館, 1933
  • 『冬扇帖』文体社 1934
  • 『叙情詩論』弘文堂書房, 1939
  • 『英詩史』研究社英米文学語学講座 研究社, 1941
  • 『鶺鴒』七丈書院, 1942
  • 『藻風小品』積善館, 1943
  • 『肯定的精神』増進堂, 1948
  • 『法苑林 訳詩集』潮人社, 1951
  • 『竹友藻風選集』藤井治彦編 南雲堂 1982

翻訳[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 藻風の妻の芳の実家である藤井家の養子となった。
  2. ^ 次男は藤井家の養子となるも、学徒出陣として徴兵され大陸にて戦病死。三男は夭折。長女は他家に嫁ぎ2022年の時点で健在。

出典[編集]

  1. ^ a b 『竹友藻風選集』藤井治彦南雲堂 1982
  2. ^ https://www.kwansei.ac.jp/r_history/r_history_m_001222/detail/r_history_008864.html
  3. ^ https://magazine.einsteinmed.edu/backup/winterspring-2016/in-memoriam-3/

参考[編集]

  • デジタル版日本人名大事典
  • 佐藤隆一, 「竹友藻風小見 : 前田純孝の周辺(1)」『大阪城南女子短期大学研究紀要』 46巻 p.1-19, 2011, NAID 110009459550
  • Paulownia; seven stories from contemporary Japanese writers - 森鴎外、永井荷風、島崎藤村の7作品を英訳、1918年刊