立体映画

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立体映画(りったいえいが、: 3-D film)あるいは3D映画(スリーディーえいが)とは、3D的に(立体的に)表示される映画である。現在では3D映画の呼び方が一般的である。

概要[編集]

左眼用と右眼用の映像を同時に撮影したものなどを、スクリーンに映写機で投影し、専用の眼鏡を観客がかけることなどにより、左眼には左眼用の映像のみを、右眼には右眼用の映像のみを観客に見せることで立体視を実現する。立体映画の方式には様々なものが存在する。

専用眼鏡 Stereoscopy などを用いた立体写真は、19世紀前半にはすでにあった。このため、19世紀末に発明された映画においても、映画史のごく初期から立体映画が撮影・上映されてきた[1][2]1922年にはThe Power of Loveが作られた。

1952年から1954年が「黄金時代」と呼ばれ、実験的な『ブワナの悪魔英語版』や『フェザー河の襲撃』、『ホンドー』、『大アマゾンの半魚人』などが製作された。本格的な劇映画として3Dになったものとしては1954年アルフレッド・ヒッチコック監督の『ダイヤルMを廻せ!』がある。「1953年は1953Dの年として記憶されるであろう」というアメリカの宣伝文句があった[3]。同年には、日本でも東宝が東宝トートビジョンを使用した立体映画を製作し、アナグリフ方式英語版を用いた2巻10分の作品『私は狙われている』と『飛び出した日曜日』が日本初の作品として公開された[4][5][6]

東映は1969年から1974年にかけて、東映まんがまつりの作品の一部にアナグリフ方式の立体映像を用いた作品を複数公開した。これらは作品の一部が立体映像となっており、登場人物の合図や字幕カットで、観客が立体眼鏡をかけたり外したりするものだった。これらの作品は、第一次石油危機に伴う物価高騰で製作が中止される1974年まで製作された。

1985年つくば科学万博富士通館で公開された『ザ・ユニバース』の立体映像に感激したテレビ朝日編成局編成部副部長・高橋浩が、子供たちにドラえもんを立体映画で見せてあげられないかと考え、藤子・F・不二雄からも快諾をもらい[7]、配給会社の東宝に掛けあったが、偏光メガネでは映写機に高額なレンズを付けなければならず、莫大な費用がかかること、更に立体映画を掛けられる劇場は全国100館ぐらいしかないと言われ、断られた[7]。しかし、制作会社のシンエイ動画よりアドバイスをもらい、アナグリフ方式で映画を作ることを決定。映画に必要な1個18円の赤・青の立体メガネに原作の出版社である小学館がスポンサーにつき、同社の児童雑誌の宣伝を入れた。しかし、『ドラえもん』の立体映画はこの時点では実現せず、1986年3月15日公開の『ドラえもん のび太と鉄人兵団』の併映として上映された短編映画『オバケのQ太郎 とびだせ! バケバケ大作戦』で立体映画を実現させた[7]。なお、同作の立体映画はそれから30年近い月日が経った『STAND BY ME ドラえもん』(2014年)でようやく実現した。

2005年の『チキン・リトル』においてデジタル上映による3D映画が初登場し、2009年ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』が世界興行収入歴代1位となる26億4000万ドル(約2385億円)を記録し、それ以降ハリウッドや日本でも多数の立体映画が製作されるようになった。また、ヒットシリーズの最新作を3Dで製作したり、過去の映画のリメイクを3Dで製作したり、過去のヒット映画を2D-3D変換した3D版を劇場公開したりなど、製作本数・興行成績などで3D映画の存在感が増している。この背景には、近年テレビやDVDなどに押され気味の映画館の収益アップと、盗撮による海賊版への対策を図る狙いもある。また立体映画の上映にはDLPなどのデジタル映写機の方が適しているため、デジタルシネマの普及促進も期待されている。

日本の雑誌である「日経トレンディ」が選ぶ、「2010ヒット商品ベスト30」に「3D映画」が2位に選出された。

一方で日本映画の3D作品は、2011年公開作品の殆どで上映スクリーン・興行収入共に2D版が3D版を上回っていた。これらの事情や制作費が高騰になる事もあり、2012年現在では日本映画全体で3D作品の制作が減少したりと事実上の撤退が相次いでいる。アメリカ映画の3D作品においても、3D版の上映は縮小傾向にあり、2D版のみでの劇場公開となる事もある(特にCGアニメ映画で顕著)。2016年11月公開の『スター・トレック BEYOND』を境に、3D版をIMAXや4D、ドルビーシネマといった特別なスクリーンでの上映に集約し、それ以外の通常スクリーンでは全て2D版のみとなる作品が大半となっている。

種類[編集]

アナグリフ式
異なる色のメガネをかける(赤と青のメガネの場合が多い)。基本的にモノクロ映像に限られるが、通常の映写機で映写可能。作品例:飛びだす冒険映画 赤影(1969年7月)、飛び出す人造人間キカイダー(1973年3月)、飛び出す立体映画イナズマン(1974年3月)、ザ・ユニバース(1985年、科学万博の富士通パビリオンで公開)、オバケのQ太郎 とびだせ!バケバケ大作戦(1986年)、ウルトラB ブラックホールからの独裁者B・B(1988年)
干渉フィルター方式 (Interference filter technology)
多重コートフィルタを使って6つの色チャンネル(RGB各2つ)を左右に振り分ける。アナグリフ式と異なりカラー映像に用いることができる。
直線偏光フィルター方式
左右の映像を偏光で投影する事により、偏光板の眼鏡をかけて見る事により立体視できる。カラー画像が可能。直偏光なので平面スクリーンのみでドーム型のスクリーンには適さない。また顔や眼鏡が傾くと正常に立体視できない。1980年代以降の地方博覧会や各地の遊園地等で普及した。
円偏光フィルター方式
右旋と左旋の円偏光を使用する事によって立体視を得る。カラー画像が可能で、顔や眼鏡が傾いても正常に立体視できる。近年のDMD式デジタル投影機で投影される。
液晶シャッター方式
赤外線で映像と同期して左右が交互に遮光される液晶シャッターを使用する事によって立体視を得る。カラー画像が可能。1990年の国際花と緑の博覧会の富士通パビリオンでザ・ユニバース2が上映され、その後、幕張の富士通ドームシアターで爆笑問題が吹き替えを担当した『エンカウンター』等の作品が上映された。液晶シャッター眼鏡や同期システムなど設備が高額になってしまうのが難点。

映画館における立体映画上映規格[編集]

現在、映画館で普及している規格は以下の通り。

IMAX3D(アイマックス3D)
IMAX専門館で上映される。3D方式は上映館により異なり、直線偏光フィルター方式、液晶シャッター方式などがある。
IMAXデジタル3D(アイマックスデジタル3D)
IMAXデジタル専門館で上映される。直線偏光フィルター方式で、左右の映像を二台のプロジェクターでシルバースクリーンに上映するため映像が明るい。IMAXシステムそのものが大規模で高額となる。
RealD(リアルディー)
左右の映像を毎秒144回切り換え、それに同調した左右の円偏光フィルターをかけて上映する。フィルター眼鏡が安価で使い捨て可能だが、通常のホワイトスクリーンから偏光専用のシルバースクリーンに張り替える必要があり導入コストが大きい。
XpanD(エクスパンド)
液晶シャッター方式。通常のホワイトスクリーンで上映可能なため導入コストが小さいが、眼鏡が重く光量も不足しがちである。
ドルビー3D
干渉フィルター方式。多重コートフィルタを使って6つの色チャンネルを左右に振り分ける事で、自然な多色表現を可能にしている。通常のホワイトスクリーンで上映可能だが、フィルター眼鏡が高価で回収・洗浄の必要がある。
MasterImage 3D(マスターイメージ3D)
RealD同様に円偏光フィルター方式使用して上映するが、RealDが液晶フィルタを使用して偏光方向を切り替えるのに対し、MasterImage 3Dは偏光方向の異なる2種類の円偏光フィルタを物理的に切り替えながら上映する。物理的なフィルタ機構を使用するため定期的な清掃が必要になる。
NESTRI 3D CINEMA SYSTEM(ネストリ3Dシネマシステム)
液晶シャッター方式。シルバースクリーンが不要の為、導入コストが非常に安い。XpanDと同様のアクティブシャッター方式だが、XpanDに比べて、輝度が高くメガネも軽量で装着感も良い。防犯タグ内蔵。また子供用アタッチメントもある。大阪ステーションシティシネマ(2011年5月4日開業)にて日本初上陸をした。
Technicolor 3D(テクニカラー3D)
既存の35mm映写機を使用し、円偏光フィルター方式にて上映する規格。上映に使用するプリントは3D専用のものであり、1コマを上下に分割し、それぞれ右目用、左目用の画像が記録されている。これらの画像を専用レンズにて円偏光にし上映する[8]
Sony Digital Cinema 3D(ソニーデジタルシネマ3D)
円偏光方式で、4K映像。フルHDでかつ高速で映像を切り替える他の円偏光方式とは異なり、ソニーが独自に開発したデュアルレンズをプロジェクターの内部に組み込むことで、左右別々の映像を同時に照射することができるため、映像のちらつきが無く、目が疲れにくくなっている[9]2011年3月17日開業のTOHOシネマズ甲府が日本で初めて導入した。

家庭における立体映画視聴[編集]

長年立体映画を家庭のテレビで視聴する際、立体映像を再現する試みは何度も成されてきたが、様々な理由で商業的な普及にはいたっていない。代表的な理由として、一般家庭において最も一般的な3D視聴方式は未だに赤青メガネ方式であり、これが「立体映像は目に悪い」という偏見・誤解を生む温床になっており、3D普及の妨げの一因になっている。(心身への影響については後述)

2009年の『アバター』以降、主に北米の映画市場で立体映画が商業的成功をおさめつつある事を受け、家電メーカーも立体映画の放送・パッケージソフト収録フォーマットの国際規格化に本腰を入れて取り組みはじめた。2009年12月、Blu-ray Disc Association(BDA)は3次元ディスプレイなど立体映像(国際規格)対応のAV機器を商品化するため、ブルーレイディスクに立体映像を収録するための規格「Blu-ray 3D」完成を発表。2010年から対応するテレビやプレーヤー(レコーダー)、ソフトなどが順次発売された。劇場公開時に3D上映がされても、Blu-ray 3Dが未発売となる場合もあれば、逆に2D上映のみだった作品のBlu-ray 3Dが発売されていた事もあった。しかし立体テレビ等の機器が思うように普及せず、各社も撤退し一過性のブームに終わった。

立体テレビ亡き後はVRグラスなどが家庭用の3D機器として注目されている。

立体映像の視聴が身体に及ぼす影響[編集]

近年3次元ディスプレイなどの一般化にともない立体映像を視聴する機会が増えており、人体への健康被害が懸念されている。

有害と感じる代表的症状としては、使用時に、眼精疲労、頭痛、吐き気などの体調不良を引き起こす場合がある。また、使用後に物が2重に見えるなどの視覚障害がしばらく残る場合もある。これらの症状は、年齢などの個人差、視聴時間、3次元ディスプレイの方式、および立体視ソフトの内容に依存すると考えられており、安全基準の確立が求められている。日本では、電子情報技術産業協会産業技術総合研究所3Dコンソーシアムが共同で「3DC安全ガイドライン」と「3D文献抄録集」を作成した。案をまとめた快適3D基盤研究推進委員会は、このガイドラインを基にISO(国際標準化機構)に国際標準として提案する予定にしている[10]

脚注[編集]

  1. ^ ユネスコ「世界視聴覚遺産の日」記念特別イベント2010「講演と上映 3D映画の歴史 3D(立体)映画の知られざる歴史をたどる」”. 東京国立近代美術館フィルムセンター. 2010年11月18日閲覧。
  2. ^ Andrew Woods. “The Illustrated 3D Movie List” (英語). 3D Movie List. 2012年10月26日閲覧。
  3. ^ 山田宏一和田誠(『ヒッチコックに進路を取れ』草思社 2009年)p.254.
  4. ^ 「村田武雄長編インタビュー 立体映画と円谷英二」『東宝SF特撮映画シリーズVOL3 ゴジラ/ゴジラの逆襲/大怪獣バラン』東宝、1985年、ISBN 4-924609-07-2、P.220-221
  5. ^ 「初期作品紹介 1950-53年」『円谷英二特撮世界』勁文社、2001年、ISBN 4-7669-3848-8、P.26-27
  6. ^ 二階堂卓也『ピンク映画史』(2014年)彩流社 137頁
  7. ^ a b c 高橋浩『視聴率15%を保証します! あのヒット番組を生んだ「発想法」と「仕事術」』第4章 異例ずくめのアニメ『ドラえもん』の船出 pp.135 - 137(小学館新書 2014年)
  8. ^ 富士フイルム株式会社 (2010年9月9日). “ニュースリリース - 既存のフィルム映写機を利用し、低コストで3D映画の上映が可能に! フィルムによる3D映画上映システムの提供を開始”. 富士フイルム株式会社. 2010年9月20日閲覧。
  9. ^ ソニーのデジタルシネマ | デジタルシネマ | 法人のお客様 | ソニー
  10. ^ 人に優しい3Dのためのガイドラインとデータベースを公開 | 産業技術総合研究所

関連項目[編集]

外部リンク[編集]