牧口雄二

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まきぐち ゆうじ
牧口雄二
生年月日 (1936-06-29) 1936年6月29日(82歳)
出生地 東京府東京市板橋区(現・東京都板橋区
職業 映画監督・プロデューサー
活動期間 1975年 - 1996年

牧口 雄二 (まきぐち ゆうじ、1936年6月29日 - ) は、日本の映画監督プロデューサー東京都板橋区出身[1]

来歴[編集]

東京都立九段高等学校を経て慶應義塾大学文学部を卒業後、1960年(昭和35年)に東映に入社。以来、京都に在住し、東映京都山下耕作中島貞夫作品の助監督を経て、1975年(昭和50年)に東映ポルノ玉割り人ゆき』で監督デビュー[1]。1977年の『らしゃめん』を最後に劇場映画を離れ、テレビドラマを中心に活動。1996年平成8年)に東映を定年退社後、同社のTV作品などを手がけた後、映像業界から退いている[2]

監督デビュー作『玉割り人ゆき』を当時の東映社長・岡田茂から、叙情とエログロの合わせ技を高く評価され[3][4]以降次々と監督作品を発表した[4][5][6]

『玉割り人ゆき』シリーズを始め、男を殺しまくる尼寺を舞台にラストに圧倒的な映像美を見せる『女獄門帖 引き裂かれた尼僧』、明治時代の毒婦・高橋お伝を主役に和製『俺たちに明日はない』ともいえる青春犯罪ドラマとなった『毒婦お伝と首切り浅』、海外の好事家に注目され、フランスで日本より先にDVD化された『徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑』など、再評価が高まり名画座で何度もリバイバル公開され[2][5]、2015年までに『広島仁義 人質奪回作戦』以外の作品がDVD化[2]、2017年には全作品がDVD化された。助監督時代は、石井輝男のエログロ映画、異常性愛路線には批判的であったが、その現場経験を誰よりも活かした後継者といえる[4][独自研究?]

映画[編集]

監督[編集]

助監督[編集]

テレビドラマ[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b 『日本映画テレビ監督全集』 キネマ旬報社、1988年、368-369頁。
  2. ^ a b c 『別冊映画秘宝 90年代狂い咲きVシネマ地獄』、洋泉社、2014年10月26日、 240-241頁、 ISBN 978-4800305046
  3. ^ 松田政男 「和製B級映画の周辺」『月刊シナリオ』 日本シナリオ作家協会、1975年6月、14-21頁。
  4. ^ a b c 『鮮烈!アナーキー日本映画史 1959-1979』 洋泉社〈映画秘宝EX〉、2012年、200-201頁。ISBN 4-86248-918-4
  5. ^ a b エロ・グロ・純情 東映カルトプリンス 牧口雄二の世界/ラピュタ阿佐ヶ谷第8回「玉割り人ゆき」 忘れられない名画 ~昭和の名作映画を語る
  6. ^ 復活!東映ニューポルノのDeepな世界/ラピュタ阿佐ケ谷「『玉割り人ゆき』の世界」、『映画秘宝』、洋泉社、2010年6月、 83頁。

参考書籍[編集]

  • 女獄門帖 引き裂かれた尼僧 (ワイズ出版、筒井武文 / 多田 功)
  • 悪趣味邦画劇場 (洋泉社)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]