徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑

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徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑
監督 牧口雄二
脚本 志村正浩
大津一郎
製作 本田達男
出演者 川谷拓三
内村レナ
汐路章
風戸佑介
音楽 渡辺岳夫
撮影 勝木勝夫
編集 玉木濬夫
配給 東映
公開 日本の旗 1976年9月4日
上映時間 80分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑』(とくがわおんなけいばつえまき うしざきのけい、英題:Shogun's Sadism)は、1976年公開の日本映画東映京都撮影所製作。R−18作品。併映『沖縄やくざ戦争』(主演:千葉真一、監督:中島貞夫)。

概説[編集]

この年日本でも大きな話題を呼んだ『スナッフ/SNUFF』を狙い、当時の東映社長・岡田茂が、牧口雄二に「牛裂き」をテーマに撮れと指示を出して製作された映画[1][2]。「残酷ショーを」という岡田社長の狙いに応えて[3]水責め、火責め、蛇責め、釜煮、鋸挽きとあらゆる残虐の極地を繰り広げる一大残酷絵巻を表現した[3]。牛裂き刑を扱った内村レナ主演の前半と、鋸引き刑を扱った川谷拓三主演の後半の2話オムニバス構成である。

スタッフ[編集]

キャスト[編集]

製作[編集]

企画経緯[編集]

スナッフ』はジョイパックフィルム配給だが、興行は東映洋画が行い全国の東映パラス系で公開された[4][5]。当時の東映洋画系のチェーンマスターは東映本社地下丸の内東映パラス(現在の丸の内TOEI(2))であったが、岡田社長が邦画の主力映画を掛ける丸の内東映にたくさん客が来てると喜んで、下に降りたら地下の『スナッフ』に客が来ていてビックリ[4][5]。『スナッフ』は17万5,000ドルでジョイパックフィルムが買い付けた映画で[4]、東映も営業が買おうとしたら、岡田が「あんな極もの映画に17万5,000ドルも払って買うな」とやめさせた映画だった[4]。『スナッフ』は配収3億円以上も上げたため、岡田は非常に悔しがっていた[4]

1976年7月19日に行われた定例番組発表会で、岡田東映社長が業界記者団に「今はドラマ性の強い作品は世界的に当たらない。ヒット作の傾向は『日本沈没』『エクソシスト』『燃えよドラゴン』『タワーリング・インフェルノ』『ジョーズ』『グレートハンティング』『エマニエル夫人』『地上最強のカラテ』『スナッフ』『グリズリー』など、いずれも"見せもの"映画ばかりだ。今年の秋にしても『オーメン』であり『キングコング』であり『テンタクルス』などが話題になっていて、スター映画で当たりそうなものは一本も見当たらない。文化性、芸術性も大事だが、例えば世界から人を集める博覧会オリンピックにしてもみんな"見せもの"だ。トラック野郎のヒットもトラックを飾り立て、"暴走族もの"も750の見せものだ。これからは洋画のヒット作の趨勢と呼応する"話題性"を軸にした"見世物映画"を香具師の精神で作品を売っていく」等と立て板に水の如く一時間の独演会を行い[4][6][7][8][9][10][11][12]、業界記者から「近代的香具師なんて...」「洋画の見せ物映画の当たった名前をあんなにポンポン上げられるとは、映画製作については、やっぱり叩きあげ」「あんなに喋りの巧い映画会社社長は他にいない」などと感心された[4]。「1976年下半期の東映ラインナップは、実録ものをさらにドギツク、リアルにした"ドキュメンタリー・ドラマ路線"の新設する」と発表し[4][6][7][10]、『戦後やくざ私刑残酷史』(『やくざ残酷秘録 片腕切断』)、『処女の刺青』(多岐川裕美主演で企画されたが素人を使ったドキュメンタリーに変更された[13])、『安藤昇のわが逃亡とSEXの記録』、『暴力ファミリー日本の首領』(『日本の首領』)など、どぎついタイトルを並べ[7]、本作もこの会見で『徳川女刑罰絵巻・股裂きの刑』というタイトルで発表された[4][6][7][10]

撮影[編集]

川谷拓三扮する捨蔵の残忍な鋸引き処刑シーンは、1978年NHK大河ドラマ黄金の日日』第21話「善住坊処刑」で、杉谷善住坊を演じる川谷が、本作と全く同じシチュエーションで処刑シーンを再現している[14]。江戸時代の鋸引きは処刑前の形式だけのもので誰も鋸を引くような通行人はおらず、本当に鋸を引こうとする通行人を止めるための見張りもいたとされるが、この映画はそのあたりの考証も正確であり、見張りが居眠りした隙に切れない鋸をごり押しして捨蔵の首を落とす通行人は酔った狂人(かつて足抜けを手引きしたリンチで捨蔵に男根を切られて発狂した男)である。

最大の見せ場が牛裂きの刑。板の上に大の字にされた女囚の両足を綱で縛り、二頭の猛牛に身体を裂かせるもの[3]。板を斜めにすることで下半身をダミーにして撮影した[15]内村レナの体にホルモンを巻きつけたが、京都には当時屠殺場があり、小道具係が新鮮なホルモンを手に入れ特に臭くはなかった[15]。蛇責めのシーンでは蛇好きの女優を連れて来たため、青大将100匹の中に入れても大喜びで、苦悶する表情が撮れず、撮影が終わったら「いい顔している蛇がいるんですが、持って帰っていいですか?」と聞かれ、蛇屋さんに気付かれないよう三匹選んで嬉しそうに持って帰ったという[15]

評価[編集]

牧口の成人映画時代の作品であり、悪趣味なまでの猟奇エログロを全面に出しつつもただのグロ映画に終わらせなかったところに今でも支持者が多く、一部ではカルトになるほどの人気がある[16]。日本ではしばらくの間、非ソフト化であった。しかし、2012年2月21日、東映より晴れてソフト化された[16]。海外においては、日本よりも前にビデオ並びにDVDが出るほどの人気があり、最近ではBlu-rayも発売されている。

脚注[編集]

  1. ^ 筒井武文、多田功『女獄門帖 引き裂かれた尼僧』、ワイズ出版、1996年、p49-50
  2. ^ 残酷描写とエロ、オンリー!! 今でも観れる超グロい日本映画、脅威の内容とは?残酷描写とエロ、オンリー!! 今でも観れる超グロい日本映画、脅威の内容とは?-p2
  3. ^ a b c 「新作グラビア」『キネマ旬報』1976年9月下旬号、 46−49頁。
  4. ^ a b c d e f g h i 「岡田社長"見せもの"重点の方向転換語る 東映、大香具師の精神で大攻勢展開/前途多難・楽観許さぬ日本映画界 百億配収を狙う各社には大型企画と作品の多様化を要望」『映画時報』1976年7月号、映画時報社、 19、13-15頁。
  5. ^ a b 鈴木常承(東映取締役・営業部長) ・畑種治郎(東映・興行部長)・ 登石雋一(東映取締役・企画製作部長)・池田静雄 (東映・宣伝部長)、司会・北浦馨「百億を目前にした東映の頂上作戦近代的な野師精神と徹底化と『日本の首領』ほか大作づらりと並ぶ」『映画時報』1976年8月号、映画時報社、 4-18頁。
  6. ^ a b c 『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』文化通信社、2012年6月、83 - 86頁。ISBN 978-4-636-88519-4
  7. ^ a b c d 「日本映画紹介」『キネマ旬報』1976年8月下旬号、キネマ旬報社、 184頁。「映画・トピック・ジャーナル 映画界の動き 東映、見世物映画へ大転換」『キネマ旬報』1976年9月上旬号、キネマ旬報社、 179頁。
  8. ^ 「邦画指定席 沖縄やくざ戦争」『近代映画1976年昭和51年)10月号、近代映画社、 171頁。
  9. ^ “八月配収十六億円目標 東映下半期の協力番組編成”. 週刊映画ニュース (全国映画館新聞社): p. 9. (1976年7月17日) 
  10. ^ a b c 「邦画界トピックス」『ロードショー』1976年10月号、集英社、 175頁。
  11. ^ 今村三四夫他「映画業界動向/製作・配給界 邦画配給界 展望 東映」『映画年鑑 1977年版(映画産業団体連合会協賛)』1976年12月1日発行、時事映画通信社、 54、109–110頁。
  12. ^ 「匿名座談会 下半期の日本映画を展望する」『月刊ビデオ&ミュージック』1976年8月号、東京映音、 23-25頁。
  13. ^ 「映画界東西南北談 邦画の捲返作戦成るか 邦洋入り乱れて激戦を展開する正月興行」『映画時報』1976年9月号、映画時報社、 7頁。
  14. ^ 『大河ドラマと日本人』星亮一一坂太郎 イーストプレス 2015年, ISBN 978-4-7816-1365-9. 188-189頁。
  15. ^ a b c 「牧口雄二インタビュー(前編)」『映画秘宝』、洋泉社、2014年7月、 72-75頁。
  16. ^ a b 牛裂き、鋸引きなどリアルな残虐シーン続出! 復活した日本映画史上最狂のカルト作

関連項目[編集]

外部リンク[編集]