漢越語

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漢越語(かんえつご、ベトナム語: Từ Hán-Việt)とは、ベトナム語における漢語漢字語の語彙を言う。

概要[編集]

ベトナム語では日本語朝鮮語と同様、大量の漢語が使用された。これらの語彙はベトナム固有の伝承漢字音を使っている点で単なる借用語とは異なる。

現在のベトナムでは漢字そのものは使われていないものの、漢語の数はむしろ増加し、現在もベトナム語において重要な役割を果たしている。新聞などでは70%の語彙が漢語であるという[1]

特徴[編集]

ベトナム語は、中国語と親縁関係は認められていないものの、日本語や朝鮮語と異なって中国語と同様の声調を持つ複雑な音節構造をもった単音節言語的な孤立語であったため、漢語を受け入れやすく、また nhân(因、……のために)、tuy(雖、……だが)、do(由、……によって)、cùng(共、……とともに)などの文法的な語彙にも漢語が多く使われている[2]。多音節語でも huống hồ(況乎、なおさら)、đại khái(大概)、bất đắc dĩ(不得已)などがある[3]。親族名称(他人に対する呼称としても使用)にも ông(翁、祖父・成人男子)、bà(婆、祖母・成人女子)、 cô(姑、父方のおば・若い女性)のように漢語が多用されるが、漢語という意識はほとんどなされない[4]

その一方、語順が中国語と異なるため、「電車」を xe điện (車電)、「学校」を trường học (堂学) のように修飾語が被修飾語に後置される現象が多く見られる[5]

大学生を sinh viên (生員) と呼ぶ[5]のは科挙が20世紀まで行われていたというベトナム固有の事情が原因であろう。

かつては、西洋の固有名詞さえも中国の漢字音訳をベトナム伝承漢字音で読み、ナポレオンを Nã phá luân(拿破倫)のように呼んでいたが、最近は直接西洋の音から借用するようになっている[6]

分類[編集]

川本邦衛は、現代ベトナム語の漢語を中国の古典からの借用という狭義にとり、それ以外を含む広い意味の語彙を「漢字語」と称している(この記事では「漢字語」を含む)。川本は漢字語を以下の5種類に分類している[7]

  1. 古典的漢語(日本漢語からの借用を含む)
  2. 近代中国で発展した語彙。hỏa xa(火車)は汽車を意味する。
  3. 古典的漢語だが、ベトナムでいちじるしく異なる意味を持つもの
  4. ベトナムで形成された漢字語彙:bắc sử(北史)は中国の歴史を意味する
  5. 重箱読み・湯桶読み:áo dàiアオザイ)の áo は「襖」だが、dài は固有語。また、áo sơ-mi(シャツ)では sơ-miフランス語 chemise の借用語。

歴史[編集]

現在のベトナム北部は紀元前から中国系の王朝の支配を受け、漢文化がベトナムに伝えられた。しかし、古い時代にはベトナムでの漢語の使用は限定的であった。時代には仏僧の間に漢文の知識が普及した。本格的に漢語が使われるようになったのは10世紀以降、むしろベトナムが独立王朝を開いてからであった[8]。ベトナムの伝承漢字音も主要な部分はこのころに成立したと考えられる。

15世紀の前期黎朝時代には中国の影響を受けた刑律が作られ、科挙制度も完成された[9]

漢字を廃止してから、漢語を固有語で置きかえることも行われたが(飛行機を phi cơ(飛機)から máy bay に改めるなど)[10]、新たに作られた漢語もある(máy vô tuyến truyền hình(無線伝形、テレビ)など)[11]

脚注[編集]

  1. ^ 川本(1979) p.2
  2. ^ グエン・タイ・カン(1987) p.458
  3. ^ 三根谷(1993) p.184
  4. ^ 川本(1987) p.476
  5. ^ a b 冨田(1988) pp.782-783
  6. ^ グエン・タイ・カン(1987) p.461
  7. ^ 川本(1979) p.1
  8. ^ 三根谷(1993) p.201
  9. ^ 桜井由躬雄 「亜熱帯のなかの中国文明」『東南アジア史 1.大陸部』 山川出版社〈新版 世界各国史 5〉、1999年、188-190頁。
  10. ^ グエン・タイ・カン(1987) p.461
  11. ^ 川本(1987) p.480

参考文献[編集]

関連項目[編集]